第48話 ドルガンとの再会(前編)

 オルバンを出発してからおよそ十日。

 二人はスコルティア帝国の帝都――ダルウィンに到着した。


「わぁ! すっごーい!」


 中に入るなり、リディーが興奮した様子で辺りを見回す。


 馬車が五台は並走できるほど広く造られた通りは、数え切れないほどの人で埋め尽くされていた。

 通りの両側には、飲食店や雑貨店など様々な店が立ち並んでいて、店員の呼び込みを受け、今も多くの通行人が吸い込まれていっている。


 その賑わいはあの魔法国家――アイリーシュ王国の王都以上だった。

 さすがは世界一の大国の帝都、凄まじい繫栄ぶりだ。


(うん。実にいい光景だ)


 この帝都も例に漏れず、前回来た時は人影はほとんどなく、暗く重い空気に包まれていた。

 それが嘘だったかのように今は街全体が明るく、あちこちから楽しげな会話や笑い声が聞こえてくる。

 耳に届く喧噪に、ベンゼルは「フッ」と笑みをこぼした。

 平和な光景は何度見てもいいものなのだ。



 ☆



 馬宿を確保したベンゼル達は、さっそく街の中央にそびえ立つ巨大な城へとやってきていた。


「はぇー……」


 大きなシャンデリアに真っ赤なカーペット、歴代の皇帝の像や高そうな絵画など、それはもう豪勢な内装にリディーが目を丸くしている。

 そんなリディーを微笑ましく思いながら兵士の後をついていくこと十数分、二人は謁見の間に足を踏み入れた。


 先のほうに華美な装飾がなされた立派な椅子があり、そこに見目麗しい三十台半ばほどの男性が腰掛けていた。

 彼こそがここ、スコルティア帝国の現皇帝だ。


 ベンゼルは皇帝の前まで歩み寄ると、床に片膝を突き、頭を下げた。

 リディーももう慣れたもので、自然とベンゼルに続く。


「そなたらがへりくだる必要はどこにもない。さあ、楽にするがよい」

「「はっ!」」


 言われた通りにベンゼル達が立ち上がると、皇帝は満足そうに頷いた。


「よくぞ来てくれた。最後の英雄ベンゼル・アルディラン、そして勇者の妹リディー・スプモーニアよ。そなたらの来訪を歓迎するぞ」

「ありがたきお言葉にございます」

「そして、まずはベンゼル。そなたが快復してくれたこと、心の底から喜ばしく思っている。よくぞまた顔を見せに来てくれた」

「はっ! おかげさまをもちまして、無事この通り」

「うむ。何事もなく、本当によかった。さて、本題に入るとしよう。そなたらを呼び立てたのは他でもない」


 皇帝が玉座から立ち上がる。

 そしてゆっくりと近づいてきて、手を伸ばせば触れられる距離で立ち止まった。


「ベンゼル・アルディラン、よくぞ魔の手から我らを救ってくれた。この平和はそなたらの活躍あってこそだ。既に聞き飽きているだろうが、言わせてくれ。本当にありがとう」


 聞き飽きるなんてとんでもない。

 心がこもった礼の言葉は何度聞いても嬉しいものだ。


(あいつらにもしっかりと伝えてやらないとな)


 ベンゼルは皇帝の言葉をしっかりと胸に刻み込んだ。


「もったいなきお言葉にございます」

「フッ。まったく、これだけの偉業を成し遂げておきながら、そなたは実に謙虚だな。見習いたいものだ。……さて、礼の気持ちを込めて、我が帝国からも何かそなたに贈りたいところだが」

「いえ、そんな。お言葉だけで――」

「わかっている。そなたは何もいらないと言うのだろう?」

「あ、はい、その通りで。おわかり頂けて光栄です」

「先日、アメリオ共和国の大統領と話した時に、そなたのことを話していたのでな。安心するがよい。無理に押し付ける気はない。だが、何か困ったことがあれば言ってくれ。必ず力になろう」

「ありがとうございます。では、もしもの時はお世話になります」



 ☆



 ベンゼル達は皇帝に別れを告げ、城を後にした。


「――さて、ここに来る前にも言ったが、俺はこれから用事があってな」

「あっ、確か、知り合いがやっているお店に行くんですよね?」

「ああ。ドルガンという男が店をやっているはずでな。そいつに用があるんだ。それでお前はどうする? 先に一人で観光してるか?」

「いえ! 迷惑でなければ、私も一緒に!」

「そうか、じゃあ一緒に行こう」


 その後、二人は街並みを眺めながら移動し、商業区の外れへとやってきた。


「確かこの辺りだったと思うんだが……おっ」


 前に来た時にもあった鍛冶屋が目に入った。

 あの隣がドルガンの店だったはずだ。

 ベンゼルは鍛冶屋を通り過ぎると、正面から店を見る。


「あっ……」


 店の突き出し看板には『ロドリゴ酒店』とあった。

 ドルガンの文字はどこにもない。


 上手くいかずに潰れてしまったか、それとも最初からあの言葉は嘘だったのか。

 どちらなのかはわからないが、ベンゼルは寂しさを覚え、俯いてしまった。


 そんなベンゼルを見て、すかさずリディーは通りかかったおばさんに「あの」と声を掛けた。


「すみません、ここにドルガンっていう人のお店があったと思うんですけど」

「ああ、ドルガンさんの店なら、半年くらい前に商業区の中央に移転したよ」

「なんだ、そうだったのか」


 どうやらドルガンはまっとうに商売を続けているようだ。

 そうとわかってベンゼルはほっとした。


「で、これからあんた達もドルガンさんのとこで買い物かい?」

「ああ」

「そうかい! 私もつい昨日、行ってきたところでね。今回もいい買い物させてもらったよ」

「ほう。今回もということは行きつけなのだな」

「ああ、もうすっかり常連さ! 二日に一回はお世話になっててね」

「へえ! ってことは、いいお店なんですね!」

「もちろんさ! あの店は良い物を安く売ってくれてね。ろくに儲けも出ないだろうに。ドルガンさんには本当に頭が上がらないよ」


 あの時の言葉通り、ドルガンは今も皆のために力を尽くしているらしい。

 それが嬉しくて、ベンゼルは頬を緩めたのだった。



 ☆



 数十分後。

 ベンゼル達は商業区の中心部を歩いていた。


「あれだな」


 凝った外装の見るからに高級そうな店が連なる中に、一軒だけ飾り気のない質素な外観の店がある。

 一言で言えば地味だが、言い換えれば気取っておらず、誰でも入りやすい雰囲気を醸し出していた。


 おばさんは『近くまでいけばすぐにわかる』と言っていたが、確かにその通りだった。


「じゃ、行きましょう!」

「ああ」


 二人は大きな扉を押し開け、さっそく中に入った。


「「「いらっしゃいませ!」」」


 元気な挨拶がいくつも飛んでくる。

 店内を見回せば多くの客で賑わっており、そんな彼らに店員は皆笑顔で接していた。


 外観と同様に内装も地味でおしゃれとは程遠いが、多種多様な商品が並べられた棚にも床にも埃一つない。

 綺麗で清潔な店内だ。


(素晴らしい店だな)


「――いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」

「ああ、いや、ここの店主に用があってな」

「店長ですね! では、こちらへどうぞ!」

「ん? 会わせてもらえるのか?」

「はい! 店長にお客様が来られた場合は『必ず通すように』と言われておりますので!」

「そうか。じゃあお願いしよう」

「はい、こちらへ!」


 ベンゼルとリディーは女性店員に連れられ、二階にやってきた。

 店員が角にある部屋の扉をノックする。


「店長! 店長にお客様のようで、こちらまでお連れしました!」

「ああ、ありがとう。通してくれ」


 扉が開かれると、紙を手にした髭面の中年男性が椅子に腰掛けていた。


 彼こそがドルガン。

 決戦前夜、ルキウスが名を挙げていたうちの一人だ。


「では、ごゆっくり」


 店員が出ていったと同時、ドルガンが席を立った。


「らっしゃい! よく来てくれやした! それで俺に……」


 ドルガンは途中で言葉をなくした。

 しきりに目を瞬かせ、口をパクパクとさせている。

 少しの間を置いて、ドルガンは恐る恐るといった様子で尋ねてきた。


「……旦那?」

「ああ。久しぶりだな、ドルガン」


 ドルガンが顔をはっとさせる。


「旦那……! ベンゼルの旦那ぁ!」


 そして涙を流しながら抱きついてきた。


「お、おい!」

「ルキウスの旦那達が魔王との戦いで亡くなったって聞いて。そして唯一生き残ったベンゼルの旦那も目を覚まさないって聞いて。俺は……俺はぁ!」

「し、心配を掛けたな」

「うう……ベンゼルの旦那ぁ……」


 胸元を涙と鼻水で濡らしてくるドルガンに、ベンゼルは思わず苦笑した。

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