第41話 フィリンナの墓参り

 すっかりと辺りが暗くなり、肌寒さを感じ始めた頃。

 ベンゼル達はようやくフィリンナの故郷――アイルサに到着した。


 初めて見る街並みにはしゃぐリディーを横目に馬宿を探す。

 そうして見つけた馬宿にシュライザーを預け、部屋に荷物を置いたと同時、ベンゼルが「よし」と呟いた。


「じゃあさっそくフィリンナの実家に行くぞ」

「えっ、今からですか? もう遅いですし、また明日にしたほうが……」

「いや、フィリンナのご家族は毎日朝から晩まで働いているらしくてな。日を改めても、結局夜遅くじゃないと会えないんだ」

「あっ、そうなんですか。だったら仕方ないですね」

「ああ。まあ、昼間でも治療院に行けば会えるだろうが――」

「仕事の邪魔になっちゃいますもんね!」


 ベンゼルは大きく頷いた。


「だからこれから会いに行こう」

「はいっ!」


 アイスケーキが入っている銀色の容器を手に取ると、ベンゼルはリディーと共に馬宿を出た。



 ☆



 数十分後。

 ベンゼル達は街の南側を歩いていた。


「確かこの辺りだったような」


 記憶を頼りに、立ち並ぶ住居の中からフィリンナの実家を探す。

 しばらくして、二階建てで橙色の屋根の家が目に入った。

 あれだ、あの家で間違いない。


 ベンゼルはリディーに向かって頷くと、取り付けられているドアノッカーを打ち鳴らした。


「はーい」


 中から女性の声が聞こえてくる。

 間もなく扉が開かれると、そこに立っていたのは青い髪をした壮年の女性。

 フィリンナの母親だ。


「えっと、どちらさまでしょう?」

「夜分遅くに申し訳ございません。私はベンゼル。フィリンナさんと一緒に旅をしていた、ベンゼル・アルディランです」

「ベンゼル……って、えっ!?」


 フィリンナの母は目を見開き、口に両手を当てる。

 ほどなく「おい、どうした?」と、同じく青髪の壮年男性が玄関にやってきた。

 その後ろにはリディーと同年代の若い男女が立っている。

 フィリンナの父に弟と妹である。


「ほ、本当にあのベンゼルさんですか!?」

「ええ。ご無沙汰しております」


 フィリンナの家族四人から一斉に驚きの声が上がる。

 少しして母親が深々と頭を下げてきた。


「す、すみません! まさかあのベンゼルさんだとは思わず!」

「いえいえ。だいぶ見た目も変わってますし、それが普通ですよ。ほら、どうか頭を上げてください」


 その後、互いに再会の挨拶を交わし、リディーの紹介も終えたところで二人はリビングに通された。



 ☆



 目を覚ましたことに喜びの言葉を掛けてもらったり、旅をしていた時のフィリンナの様子について報告したりと、話に花を咲かせることしばらく。

 話が一段落したところでベンゼルが切り出した。


「ところでお父様、フィリンナさんのお墓はこちらに?」

「はい、庭にございます」

「そうですか。でしたら、よろしければ手を合わさせて頂けないでしょうか」

「ええ、それはもちろん! 私からもお願いします! あの子も喜びますので」

「よかった。では」

「はい、こちらです」


 ソファーから立ち上がった父親がリビングのカーテンを開いた。

 窓の先には庭が広がっており、その中央に丸みを帯びた大きな石が立っている。

 そのまま一緒に庭へ出て石をよく見てみると、フィリンナの名が彫られていた。


「ありがとうございます。それでお父様、二つお伺いしたいことがありまして」

「何でしょう?」


 革袋からさらに小さい革袋を取り出し、口を開いて父親に見せる。

 中身はカナドアン王国の女王からもらった花の種だ。

 そうしてゼティアの墓参りの時と同様に花の種を植えていいか尋ねたところ、父親は二つ返事で了承してくれた。


「ありがとうございます。それで二つ目なのですが」


 ベンゼルはリビングに上がってソファーの脇に置いていた銀色の容器を手にした。

 そっと蓋を開け、中身をテーブルの上に置く。


 その瞬間、「わぁ!」と歓声が三つ上がる。

 フィリンナの母、弟、妹のものだ。


「こちらはグレキンで買ってきたアイスクリームでできたケーキです。こちらをお供えしたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」


 そう問うと、父親はにっこりと微笑んだ。


「はい、もちろんです! フィリンナは本当に甘いものが大好きだったので、それは大喜びすると思います。ベンゼルさん、リディーさん。わざわざあの子のためにありがとうございます」

「こちらこそお許し頂きありがとうございます。それではまずは花の種から」


 庭に出るとリディーが頷いてくる。

 ベンゼルも頷きを返し、リディーに種を半分手渡した。

 地面に人差し指を突っ込み、そうしてできた穴に種を入れていく。


 それを繰り返すことしばらく。

 全て植え終えたところで、ベンゼルはリビングからアイスケーキと銀色の容器を持ってきた。

 容器を台にして、上にアイスケーキを置く。


「これでよしっと」


 そう呟くと、ベンゼルは墓に向かって跪いた。


(久しぶりだな、フィリンナ。元気だったか? 天国はどうだ? そっちにもスイーツはあるか?

 もうルキウスとゼティアから聞いているかもしれないが、俺は今、ルキウスの妹であるリディーと共に世界を見て回っている。お前達との思い出を話しながらな。毎日楽しく過ごしているよ。

 まだ全部の街を見られた訳ではないが、立ち寄った街では皆幸せそうに暮らしていた。まあ、エヴァリアムスだけは最初は暗い雰囲気だったが、俺達がモンスターを倒したからもう大丈夫だ。だから安心してくれ。

 さて、今日は二つ手土産を持ってきた。一つ目は花の種だ。お前とゼティアは花が好きだったからな。少しすれば墓の周りは色とりどりの花でいっぱいになる。その時を楽しみにしていてくれ。

 そしてもう一つがこのアイスケーキだ。お前が前に『行きたい』と話していたスイーツの都で買ってきたものでな、俺も食ったんだが本当に美味かった。きっとお前も気に入ると思う。腹いっぱい食ってくれ。

 ……っと、今日はこんなところにしておくか。残りの街を見終わったらまた会いに来る。それまでしばしの別れだ。じゃあな、フィリンナ。どうか安らかに)


 心の中でそう伝えると、ベンゼルは立ち上がって少し横にずれる。

 今度はリディーがフィリンナの墓に向かって両膝を突いた。


(何を話しているんだろうな)


 そんなことを思いながら微笑ましく見守ることしばらく。

 リディーが立ち上がったのを見て、ベンゼルはアイスケーキを両手で持つ。

 そのままリビングのテーブルに置いた。


「ありがとうございました。こちらは皆さんで食べてください」

「えっ、よ、よろしいんですか!?」

「ええ、もちろん。そのつもりで買ってきたものですから」

「あ、ありがとうございます! でしたら遠慮なく!」


 母親が目を輝かせながらアイスケーキを持って、リビングから出ていく。


(フィリンナのスイーツ好きは母親譲りだったんだな)


 ベンゼルはフッと頬を緩めると、「さて」と口にする。


「それでは私達は――」

「あっ、ベンゼルさん。夕飯はもう食べられましたか?」

「ん? あ、いえ。まだですが」

「そうですか! ではよければ食べていかれませんか? 私達もそろそろ夕飯にするところでしたので」

「えっ? ……よろしいんですか?」

「はい、ぜひ! 豪華なものは用意できませんが」


(迷惑を掛けないよう、すぐに帰るつもりでいたが)


 ルキウスの家族がそうだったように、フィリンナの家族ももっと娘の話を聞きたいのだろう。

 であれば、断る選択肢はない。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

「ありがとうございます!」


 その後、ベンゼルはリディーと一緒に夕食をご馳走になりながら、フィリンナの雄姿について伝えた。

 それをフィリンナの家族は笑いながら、そして時には涙を流しながら聞いていた。



 時が流れること数時間。

 ベンゼル達は一家に見送られながら家を後にした。


「ご家族、いっぱい話を聞けて嬉しそうでしたね!」

「そうだな。ああやって喜んでもらえて俺も嬉しかった」

「ですね! ……あっ、ルゼフさん!」

「ん?」

「また帰り道にアイルサに寄ったら、皆さんにご挨拶しにいきましょうね!」


 リディーが笑みを向けてくる。

 そんな彼女にベンゼルもまた微笑んだ。


「ああ」


(世界を見て回った感想をフィリンナにも報告しないといけないからな)


 そのためにも旅を続けて、しっかりと平和になった世界を見てこよう。

 改めてそう思うベンゼルであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る