第15話 依頼仲介所

 数日掛け、ベンゼル達は王都西にある城郭じょうかく都市――ガリアノに辿り着いた。

 そしてベンゼルではなく、ルゼフとして門番に挨拶してから中に入ると――


「――お母さん、今日のご飯はなぁにー?」

「そうねえ。お肉を頂いたし、ハンバーグにでもしようかしら」

「やったぁ! あたし、ハンバーグ大好き!」

「――ふぅ、疲れた疲れた! なあ、一杯ひっかけに行こうぜ!」

「おう! じゃあ、今日は最近できたあの店行ってみようぜ」

「――お待たせ! 待たせちゃったかな?」

「あ、いえ! 私も今来たところなので!」

「そっか! じゃ、じゃあ行こうか」


 あちこちからそんな会話が聞こえてきた。

 辺りを見回してみると皆明るい表情を浮かべている。


 ルキウスが見たがっていた光景だ。

 ベンゼルは彼の代わりにその平和な光景をしっかりと目に焼き付けた。


 それから少しして横から声が上がる。


「へえ、ここがガリアノ! 王都に負けず劣らずの都会ですね!」

「ん? もしやリディーは来たことないのか? ルキウスは来たことがあったみたいだが」

「はい、私は初めてです!」

「そうか。まあ、カンパーニ村からなら王都のほうが近いものな。よし。それならせっかくだし、シュライザーを預けたらぐるっと見て回るか」

「いいんですか!?」

「もちろんだ。そんなに急ぐ必要もないしな」

「やった! ありがとうございます!」

「ああ。じゃあ行こう」


 その後、馬宿にシュライザーを預けると、食べ歩きをしながら商業区を見て回った。

 そうして夜のとばりが下りた頃、二人は宿に戻り、ふかふかなベッドで一日を終えた。



 ☆



 翌日、昼過ぎ。

 ベンゼル達は居住区と商業区の境目に位置するとある建物――依頼仲介所の前に立っていた。


 今後の予定として、ベンゼル達はこのガリアノを出たら、北西にある港町スーズスへ向かう。

 そこで船に乗ってカナドアン王国を目指す。


 船の代金はピンキリだが、シュライザーと荷馬車を乗せられる船となると大型の船を選ばなければならず、相応に金が掛かる。

 船に乗るだけなら現在の持ち金でもギリギリ足りるも、それだと船内で満足に食事もできない。

 それ故、ここでひと稼ぎしておこうと、ガリアノに着く前にリディーと決めていたのだ。


「なんかこう、もっと大きくて立派な建物を想像してたんですけど、他のお店とあまり変わらないんですね」

「まあ、ここはただ依頼を仲介するだけの施設だからな。よし、じゃあ入るぞ」


 扉を押し開けて中に入ると、目に映ったのは殺風景な部屋。


 数歩先にカウンターがあり、中には眼鏡を掛けた女性が立っている。

 右を向くと壁に掲示板が取り付けられていて、紙が何枚か貼られている。

 左側にはカウンターの中に入るための扉があり、その前に鎧を着た大柄な男性が立っていた。きっと護衛だろう。


「こんにちは! 本日はどのようなご用件で?」

「ああ、依頼を受けに来た」

「受注ですね。お客様はこれまでに当施設を利用されたことはございますか?」

「俺はある。だが、彼女は今日が初めてでな。説明してやってもらえるか?」

「かしこまりました。当施設についてですが――」


 受付係の女性は、リディーに依頼仲介所の概要について説明を始めた。

 内容は前にベンゼルが話したのとほとんど同じだが、リディーはうんうんと頷きながら真剣な表情で聞いている。

 やがて、ここがどういった施設なのかを説明し終えると、今度は依頼を受ける上での注意点を話し始めた。


「依頼は誰でも引き受けることができますが、その依頼中に何かあっても当施設は一切の責任を負いません。なので、特にモンスター絡みの依頼を受注する際は十分ご注意ください」

「はい!」

「そして受注時には違約金としまして、あらかじめ報酬の半額をお支払い頂きます」


 受付係がそう言うと、リディーは目を見開いた。


「お金取るんですか!?」

「ええ。といっても、一時的にお預かりさせて頂くだけです。しっかりと依頼を達成してもらえれば、そのお金は返還しますのでご安心ください」

「もしも失敗したら……?」

「迷惑料として依頼者に支払わせて頂きます。期日内に達成の報告がない場合も同様です。ですので、依頼は必ずこなせると自信があるものを選ぶことをおすすめします」

「わ、わかりました!」


 その言葉に受付係はニッコリと微笑むと、掲示板を手で指し示した。


「では、あちらから依頼をお選びください。受ける依頼が決まったら、その紙を持ってまたこちらまでお願いします」

「はい!」


 ベンゼルとリディーは掲示板の前まで歩くと、各々貼られている依頼の内容を確認する。


(おっ)


 ほどなくして、ベンゼルは一つの依頼に目を留めた。


 その依頼の内容はゴールデンアルミラージの角の採集。

 ゴールデンアルミラージとは、ガリアノから北の大森林に生息している金色の体毛と角を持つウサギ型のモンスターのことだ。

 非常に素早く、その速度と尖った角を活かした突進攻撃は脅威そのもの。

 鉄の防具でさえも容易く貫通してしまうほどで、可愛らしい見た目とは裏腹に凶悪なモンスターである。


 何に使うのかはわからないが、依頼者はそんなゴールデンアルミラージの角がどうしてもほしいらしく、報酬としてかなりの額を提示している。

 これだけあれば、快適に船旅を送れるだろう。


「よし」


 そう呟いて、ベンゼルはその紙を手に取った。


「あっ! これなら!」


 直後、リディーも掲示板から紙を剥がす。


「決まったか?」

「はい! 家のお掃除ですって。お掃除なら私でもできるし、これにします!」

「そうか。じゃあ受付に持っていこう」


 二人はカウンターに戻ると、まずベンゼルが紙を差し出す。

 その瞬間、受付係は眉間にしわを寄せた。


「この依頼ですか……」

「何か問題でもあるのか?」

「あっ、いえ。その、ゴールデンアルミラージは非常に危険なモンスターでして……」


 受付係はベンゼルの身体を舐めるように見る。

 お前では倒せないから辞めておけと、遠まわしに言っているのだろう。


「大丈夫だ。ゴールデンアルミラージなら前にも討伐したことがある」

「そ、そうですか。……では、こちらの依頼は処理しておきます」

「ああ、頼む」


 言いながらベンゼルは巾着袋を取り出し、違約金として報酬の半額を支払った。


「はい、確かに。……最後に繰り返しになりますが、何かあっても当施設では責任を負いません。それだけご理解のほどお願いいたします」


 それにベンゼルが頷き、手続きが終わったところでリディーが前に出た。


「お願いします!」

「はい。……えっ?」


 依頼書を受け取ると、受付係は再び眉をひそめる。


「あの、本当にこの依頼引き受けます……?」

「はい! 私、お掃除好きなので!」

「……そうですか。えっと、前にこの依頼を引き受けて辞退した方から聞いたんですが、その、かなり散らかっていると言いますか、汚れているみたいでして」

「へえ! だったらお掃除のし甲斐がありますね!」

「え、ええ。……じゃあ、こちらを引き受けられるということで」

「お願いします!」

「わかりました。では手続きしておきます。それで申し訳ないのですが、違約金の支払いをお願いします」

「あっ、はい。……ルゼフさん、お願いしてもいいですか?」


 リディーが申し訳なさそうな顔でこちらを見る。

 仲間になった以上、金は二人の共有財産であり、ベンゼルの金はリディーの金でもある。

 なので申し訳なく思う必要などどこにもないのだが、まだそれが慣れないらしい。


「もちろんだ。それでいくら払えばいい?」


 受付係に問うと、『銀貨二枚』と返ってきた。

 違約金は報酬の半分なので、この掃除の報酬は銀貨四枚ということになる。

 破格の額にベンゼルはいぶかしむも、家の掃除ならどう転んでも危険性はないだろうと判断し、素直に支払った。


 その後、家の場所や掃除が済んだ後の手続きについて教えてもらったところで、二人は依頼仲介所を後にした。


「ルゼフさん。さっきのお姉さんの感じだと、かなり危なそうな依頼みたいですけど、本当に大丈夫ですか?」

「フッ。安心しろ。俺は魔族と戦ってきたんだぞ? ゴールデンアルミラージ程度なら目を瞑っていても勝てる」

「……そっか。そうですよね! ルゼフさんなら大丈夫ですよね!」

「ああ。それよりリディーのほうも大丈夫か? あの口ぶりからするに結構なゴミ屋敷みたいだが」

「全然大丈夫です! お掃除は慣れてるので!」

「そうか。なら無理をしない程度に頑張れ。……よし、俺はもう行く。お互いに依頼を終えたら宿で落ち合おう」

「はい! お気を付けて!」

「リディーもな」


 こうして二人は別れると引き受けた依頼をこなすため、それぞれ目的地に向かうのだった。

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