第13話 ベンゼルの過去(後編)

 しばらくして意識を取り戻すと、幼いベンゼルはベッドの上にいた。

 側にいた鎧を着た男に目覚めたことを喜ばれ、強制的に食事をとらされた後、今の状況について教えてくれた。


 ここがハーヴィーン王国の東に位置する、ナッツィシード王国との国境近くにある街――アブサルだということ。

 故郷を襲った化物は、過去四度現れた魔族と呼ばれる異世界の生き物であり、故郷南の王都アマレータでは今でもその魔族と交戦中だということ。

 助かったのは自分一人だけだということ。

 これからハーヴィーン王国の王都シャントリューゼに向かい、そこで保護してくれるということを。


 まだ頭が混乱していて、その話のほとんどが理解できなかったが、もう両親や友達とは会えないことだけははっきりとわかった。

 ベンゼルは深い悲しみに暮れ、同時に魔族という生物に強い憎しみを抱いた。



 数日後。

 兵士に連れられ、ベンゼルは王都にある城へ。

 ハーヴィーン王と謁見し、気遣う言葉を掛けてもらった後、兵舎の空き部屋を貸し与えられた。


 兵士やメイドに面倒を見てもらいながら暮らすこと約一年。

 突如として空を覆っていた闇が消え、それから数日が経ったある日。

 ベンゼルは城に呼び出され、王から様々な説明を受けた。


 王都で保護された半年後に王都アマレータが陥落し、ナッツィシード王国は滅亡してしまったこと。

 以降はアブサルが戦場となり、ハーヴィーン王国軍と各国からの援軍が死力を尽くして、魔族の進行を食い止めること半年。スコルティア帝国の都市の一つ――グレキンで誕生した勇者が魔族の王のもとに到着し、刺し違えたこと。

 その後、闇が晴れたと同時に大量にいた魔族も姿を消し、平和が訪れたこと。


 また、ベンゼルだけが助かった理由として、魔力を持たないことによって魔族に居場所がバレなかったのではないかという推測も併せて。


「ベンゼルよ。国と故郷、そして家族。そなたの大切なものを奪った魔族はもういない。これでもう安全だ。故にこれからは前を向いて生きよ。家族や友人の分まで精いっぱいな」

「はい、王様」

「そしてだ。そなたの身元は我が国が正式に引き取る。これでそなたもハーヴィーン王国の大切な一員だ。今後はここを自分の国だと思って暮らしてくれ」


 これまでベンゼルは隣国であるハーヴィーン王国に、一時的に保護してもらっているという形になっていた。

 なので危機が去った今、本来ならナッツィシード王国に戻るのが普通だが、祖国はもう存在しない。


 それ故、王の判断によりハーヴィーン王国で引き取ることになったのだ。

 ちなみに、その判断に異を唱える者は誰一人としていなかった。


「ありがとうございます」

「うむ。それと今後、ワシのことは実の父親として接してくれ。何なら養父上と呼んでくれてもいいのだぞ? いや、むしろそう呼んでくれ!」

「えっ?」


 思いもしない発言にベンゼルは目を丸くする。

 そんな彼を見た王は何やら慌てた様子で話し始めた。


「も、もちろん、そなたがよければだが! 気が進まぬなら――」

「あ、そ、そうじゃなくて!」

「ん?」

「その、嬉しくて。ありがとうございます……養父上」


 もじもじしながらそう言うと、王は大層満足そうに頷いた。


「うむ。また困ったことがあればいつでも言うがよい。我が息子よ」



 その後、ベンゼルは引き続き兵舎で育てられた。

 魔族の脅威がなくなり従来の落ち着きを取り戻したことで、度々王が様子を見に来てくれたり、兵士やメイドが遊んでくれたりするようになった。

 そのおかげでベンゼルも徐々に明るさを取り戻していき、一人で城下町へ遊びに行くようにもなる。

 城下町の人は同情していたのもあってか皆優しく接してくれ、そして可愛がってくれた。


 そんな平穏な日々を送ること二年。

 14歳になったある日、ベンゼルはハーヴィーン王国軍大将の部屋に足を運んだ。

 前々から考えていたことを実現するために。


「ベンゼルか。悪いが軍務中でな。今は遊んでやれん」

「あ、えっと、遊びに来たんじゃないんです。その、大将にお願いがあって」

「ん? 何だ?」


 ベンゼルは深呼吸を繰り返し、真剣な表情を浮かべた。


「あの、僕……いえ、私を軍に入れてほしいのです!」

「何?」


 大将は怪訝けげんな顔をする。

 子供の悪ふざけだと思っているのだろう。

 その反応に一瞬怯んでしまうも、ベンゼルは挫けなかった。


「……四年前に保護してもらってから今まで。私はお城やこの兵舎の皆さん、そして城下町の皆さんにたくさんお世話になりました。その恩を返すためにも、兵士になってみんなを守りたいんです!」


 そう言うと、大将は難しい顔をした。

 それに構わず、ベンゼルはさらに話を続ける。

 入隊を希望しているのにはもう一つ大きな理由がある。


「あと、もしも、もしもまた魔族が現れたら、その時は勇者様と旅に出てこの手で魔族を倒したいんです。……お父さんとお母さん、それに故郷のみんなの仇を討つために。そのためにも強く、うんと強くなりたくて……だからっ!」

「……そうか。しかし……うーん」


 必死になって思いをぶつけるが、それでも大将は首を縦に振らなかった。


 ハーヴィーン王国は、本人の希望さえあれば14歳から軍への入隊を認めている。

 なので本来、ベンゼルの入隊はすんなりと許可されるはずだった。


 それなのにもかかわらず、大将が悩んでいるのには明確な理由がある。

 能力不足だ。

 ベンゼルは魔力を一切持っておらず、魔法を行使できない。

 それは日夜モンスターと戦うことになる者としては致命的な欠点であった。


 そもそも、まだ肉体が未成熟な14歳の子供も入隊を認めているのには、魔法という攻撃手段があるからだ。

 魔法なら訓練次第で子供でも十分な戦力となる。


 もちろん世界には魔法が使えず、剣の腕だけでモンスターと戦っている者も少なからずいる。

 しかし、その段階にまで至るには壮絶な努力が必要になる。

 それを強いるのは大将も気が進まなかった。


「お願いします!」


 そんな大将の考えを知ってか知らずか、ベンゼルは何度も頭を下げて頼み込む。

 その熱意についに大将も折れ、最後に確認することにした。


「ベンゼル。お前は魔法を使えない分、剣の腕を磨いていかなければならない」

「はい!」

「しかし、剣だけでモンスターと渡り合えるまでになるには、かなりの努力が必要になる。それこそ数年単位での修行が必要になるだろう」

「……はい、わかってます」


 真っすぐに目を見ながら言うと、大将が大きく溜め息を吐く。

 そしてベンゼルの入隊を認めた。

 どうせ途中で音を上げるだろうし、万が一折れなくてもモンスターの討伐に出さず、雑用として使えばいいと考えて。


 こうしてベンゼルはハーヴィーン王国の兵士となった。


 それからというもの、ベンゼルは皆への恩返しと魔族への復讐を原動力に血が滲むような努力を重ねる。

 生まれ持ったセンスも手伝ってめきめきと剣の腕を上げていき、入隊から二年後にはモンスターの討伐に参加するようになった。


 そうして成果を挙げ続けるうちにどんどん昇格していき、22歳の若さで少佐にまで上り詰めた。

 そこに王や大将の贔屓ひいきが少しもなかったとは言えないが、文句を言う者は一人もいなかった。

 彼の境遇に同情し、その上で日々努力していたのを知っていたからだ。


 そして23歳の頃のある日、空が闇に包まれた。

 ルキウスが勇者となり、城へやってきたのはこの二か月後のことである。



 ◆



「――っと、俺の過去はこんなものだ」

「な、なるほど。その、何と言ったらいいか……」


 そう言って、ベッドに腰掛けているリディーが俯いた。

 想像していた以上に過酷な人生で、掛けるべき適切な言葉が見つからないのだろう。


「フッ。別に何も言う必要はない。さあ、話も済んだことだ。風呂にでも入ってきたらどうだ? またしばらく入れなくなるのだからな」

「あっ、はい! じゃあ、いってきます!」


 リディーはタオルと着替えを手に取って、部屋の扉に歩いていく。


「リディー」


 そんな彼女をベンゼルは呼び止めた。


「俺もこれから風呂に入る。それでお互いにあがったら、今度はお前の話を聞かせてくれ」

「はいっ!」


 リディーは満面の笑みで答えた。

 その後、風呂をあがったベンゼルはリディーから昔話を聞かせてもらい、それにより心の距離がさらに縮まった気がした。

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