第21話 レヴィン、クラス代表になる

 何やら見られているなと思いつつもレヴィンは席に着く。


 そしてクラスの面々を観察していくが、ピンとくる者はあまりいない。それに全員が同じ制服を着ているため、貴族か平民かすら分からない。アシリアは何人かの女子と会話している。ざわざわとする教室の中、レヴィンは誰かに話し掛けるかどうかで悩んでいた。誰かに話しかけることなど他愛のないことで何も臆することではないのだが、過去の自分の境遇を考えると話し掛けた時の相手の反応が怖い気もするのだ。そんな中、レヴィンの後ろの席の生徒がやってきたようだ。その男子は席に座ると、呟くように言葉を発した。


「おはよう。また同じクラスだね。今年もよろしくね」


 レヴィンは動揺した。その男子がレヴィンに話しかけたのか分からなかったからである。恐る恐る彼の方を窺うと、彼はニコニコしながらこちらに顔を向けていた。先程の言葉は自分に掛けられたものだと判断したレヴィンは、明るい口調で挨拶を返す。


「あ、うん。よろしきゅ。よろしく!」


 レヴィンの顔が赤くなる。大事なところで噛んでしまうとは、痛恨の極みであった。レヴィンはコミュ力が下がっているような気がして思わず頭を抱えてしまう。


 彼はそれを見て控えめに笑っていた。そこへ、担任らしき大人の男が教室に入って来た。


「おら。はよ席に着けー」


 男はやる気のなさそうな声と表情で生徒に向けて話し始めた。


「あー今年も俺がBクラスの担任だ。名前はクライド。知らないヤツは覚えとけー」


 クライドは茶髪に銀髪のメッシュが入った、陰気そうな男だった。

 フレームの細い眼鏡もそれに拍車をかけている。


「これから始業式だ。全員廊下に並んですぐに大式典場に向かえ」


 こうして新三年生としての始業式が始まった。式は粛々と進行した。国旗掲揚、国歌斉唱に始まり、新学年代表の挨拶はローラヴィズ・フォン・マッカーシーという貴族が行った。その後、校長が訓示を述べて何事もなく式は終了する。生徒たちが教室へと戻ると、教室内はざわついていた。担任のクライドが教壇をドンッと両手で叩きつけると、生徒たちは静かになった。


「今日は始業式だけだが、お互い知らないヤツらもいるだろう。取り敢えずお前ら自己紹介でもしろ。廊下側からな」


 その言葉を聞いてレヴィンはホッと胸をなで下ろした。正直、自己紹介は非常に助かる。


 記憶の復元で何から順に思い出していくのかも分からないが、容易に思い出せることと中々思い出せないことがある。何かの手掛かりがあれば、埋もれている記憶を掘り起こすことができるのだ。レヴィンは春休み中の経験からそれを学んでいた。自己紹介は姓ではなく名前の順番のようだ。恐らく貴族と平民が混じっているため、姓を持たない平民に配慮した結果なのだろう。どんどん自己紹介が進む中、レヴィンは何人かピンとくる生徒を見つけ出したので、頭の中に保存しておいた。アシリアも元気よく自己紹介をしている。彼女の天真爛漫さは天性のものだろう。他人をも明るくさせる力を持っているようにレヴィンは感じていた。そしてレヴィンの順番が回ってきた。レヴィンは前世では二十四歳であった。高々十五歳程度の若造を前にして緊張などするはずがないと思ったが、そうでもないらしい。前世では名家の出だったこともあり、貴族の存在などは歯牙にもかけなかったが、長らくアウトロー系ニートをやっていただけに少々緊張してしまう。照れながらも、前の生徒たちに倣って名前、身分、職業を伝え、最後に一言言って自己紹介を終える。


「……と言う訳で、身分に関係なく仲良くしましょう! よろしくお願いします!」


 少し無難な挨拶になったが、元気よくはっきりとした物言いで終えることができた。ちなみに朝、レヴィンに声を掛けてくれた生徒はロイド・フォン・マルセインと言う名前で男爵家の子息だと言う話だ。Bクラスには、暗黒導士、光魔導士、時空導士、付与術士、精霊術士、錬金術士、そして大魔導士がおり、暗黒導士が一番人数が多かった。全員が自己紹介を終えると、それを興味なさげに聞いていた担任のクライドが立ち上がる。そして教壇の前でぐるりと生徒たちを見渡した。


「あーついでだし、クラス代表も決めとくか。誰か立候補はいるか?」


 その言葉にレヴィンの目がキラリと光る。『中学三年デビュー計画』の第一歩だ。

 レヴィンは勢いよく立ち上がると、手を挙げて宣言した。


「はい! 俺が代表に立候補します! お任せください!」


 全員の視線がレヴィンに集中する。視線が刺さるのがこんなにも痛いものだったか?とレヴィンは少し戸惑った。しかも勢い込んで思わず「俺」と言ってしまった。学校では猫を被ろうかと思っていたのだが、言ってしまったものは仕方がない。これからは「俺」でいくかと考え直すレヴィン。静寂に満たされた教室にアシリアの控えめな拍手が響く。彼女はレヴィンの方を見てニコニコしている。一方で、他の生徒たちはポカンとした顔をしている者が多い。担任のクライドすら茫然としている。そんな中、ボソボソと生徒たちの囁き声が聞こえてくる。



「ええ……あいつ、あんなキャラだったか?」



「『加護なし』が?」



「何であんなに張り切っているのかしら?」



 レヴィンは思う。そんなに驚かれるようなことなのか、と。更に思う。ダミーレヴィンはどんな学生生活を送ってきたのか、と。そんな中、我に返ったクライドが全員を見回す。


「あーレヴィンか……。他にやりたいヤツはいるか?」


 しかし、反応はない。

 生徒たちはお互いに顔を見合わせ、何やらひそひそと話し込んでいるだけだ。


「いないようだな。ではクラス代表はレヴィンに決まりだ。んじゃ起立、礼、挨拶な」


 レヴィンがそれに従う。静かな教室にレヴィンの大音声が響き渡った。各生徒は戸惑いながらもそれに倣ったのであった。


「では解散だ」


 クライドはそう言い終えると、さっさと教室から出て行った。レヴィンは、初日はこんなもんかと自分を納得させフーっと溜め息をついた。

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