第3話 レヴィン、異世界にて奮闘する

豚人王オークキングの雄叫びがレヴィンの耳を強烈につんざく。


「るせぇぇぇぇぇ!」


 レヴィンは攻撃の隙をついてお留守になった膝にローキックをぶちかます。もちろん、脚にも魔力を込めている。この魔力操作は、魔法や魔力についてぼんやりとした知識しか持ち合わせていなかったレヴィンが王立図書館で本を読み込んだ上、短時間で努力して身につけたものだ。レヴィンは、この世界に転生した時のことは絶対に忘れないし許さない。


 重心の高い豚人王オークキングが、ローキックによってガクリと崩れ落ちる。そこへレヴィンの掌底が完璧にその顎へ決まった。レヴィンは、右手の剣と左手を地面に突いて体勢を立て直そうとする豚人王の背後に回ると、魔法陣を展開した。一瞬、そのまま首をねじ切ろうかとも考えたが、どう考えても力が足りないと判断したのだ。



空破斬刃エアロカッター



 戦闘機が作り出すソニックブームのような気流が発生するや、三日月状の刃を形作る。その風の刃は、立ち上がろうとしていた豚人王オークキングの首をはね飛ばした。断末魔の叫び声を上げることすらできずに、レヴィンを苦しめた強敵は大地に倒れ伏したのであった。その光景を目の当たりにした残りの豚人たちは、恐慌状態に陥って我先にと逃亡を開始した。


 どうやら味方の損害も大きかったようで、追撃に移る者はいない。ほとんどの者が逃げる豚人オークを見て地面にへたり込んでいる。レヴィンもまた膝に手をついて、大きく肩で息をしていた。今は何とか息を整えているところだ。かなり消耗した戦いであった。ギリギリの勝利と言ったところだろう。それにしても体力すらここまで少ないのかと、レヴィンは日課にランニングを追加することに決めた。効果があるか分からないし、努力が必ず報われるとは限らないが、後悔だけはしたくない。レヴィンはできることは全てやっておきたいと考えていた。もちろんレベルアップによっても上昇するのだろうが、パラメータがマスクデータである以上、レヴィンに確認の術はない。


「よう。やったじゃねーか。魔導士なのによく一人で乗り切ったな。ちょっと驚いたぜ」


 イザークが体中を真っ赤に染めて、レヴィンに近づいてきた。

 息も絶え絶えなレヴィンと違って彼はまだまだ余裕そうに見える。


「見てたんなら助けてくださいよ……」

「いや、お前さんなら意外とイケるんじゃねーかと思ってな」

「クソ雑魚魔導士ですよ? 僕は……」


 地面に仰向けになって倒れ込んだレヴィンにイザークがケラケラと笑い掛ける。


豚人王オークキングは強かったか?」

「やっぱり、アレは豚人王オークキングだったんですね……。強かったです」

「だろうな。持ってた剣もいいモンだと思うぜ。大事にしろよ?」

「えッ!? 僕がもらってもいいんですか?」

「当然の権利だろ。自分が倒した分の魔核まかくやアイテムを得るのはな」


 イザークとイーリスは熟練者だけあって、その言動全てが参考になる。依頼の打ち合わせの時から余裕の態度を見せていたが、レヴィンもまさかこれ程とは思わなかった。護衛任務に参加しているパーティの都合上、彼らと夜間の見張りを共にすることになったのでレヴィンは積極的にアタックしたのだ。二人は――と言ってもイーリスは無表情な上に無口なため、実際に話すのはイザークばかりなのだが――レヴィンの話を聞いて色々と教えてくれた。経験からくるアドバイスはとてもありがたいものだ。


 聞いたところ、彼らは西方の出身らしく国を出て諸国を旅しているのだと言う。特に目的はないと言っていたが、本当かどうかは不明である。転生時に世界最強と言う目標を設定したレヴィンとしては、何の目的もなく彼らのような強さが得られるとは思えなかったのだ。


 イザークとイーリスは、光魔法の【創造湧水アクアティオ】で返り血を洗い流している。他の探求者ハンターたちは倒した豚人オークから魔核まかくを回収しているようだ。レヴィンもダガーを片手にそれを手伝った。集まった魔核まかくは、拳より小さな物が三十三個、拳大の物が一個である。その内、レヴィンの取り分は小さなDランクの魔核まかくが十三個と大きなBランクの魔核まかくが一個である。


 魔核まかくとは魔物が持つ力の結晶のようなものらしい。魔核と言っても種類があるのか赤、青、緑などの様々な色の光を湛えている。更に、豚人王オークキングが持っていた剣ももらえることになった。その剣は薄い翡翠色をしており、芸術品としても価値がありそうな程に美しかった。イザークの見立てでは、ミスリルソードではないかと言うことだ。


 魔核の回収が済んだので次は死体の処理だ。本来ならば辺り一体が、むせ返るような血の臭いで満ちているところだろうが、ハモンドが運ぶ大量の香水が強烈な匂いを放っているため、ほとんど気にならない。魔物の死体の処理についてだが、探求者ハンターは取り敢えず焼くらしい。



大地陥穽アース・ピトゥ



 そう聞いたレヴィンは、大地に穴を開ける魔法を使用した。だいたい五メートル四方ほどの穴が地面にできる。少し大き過ぎたかも知れない。魔法は術式に流し込む魔力の増減により加減が可能なようなので、次からは良く考えて早くコツを掴む必要があるだろう。


「死体はここに入れて焼いちゃいましょう」


 そこへ仲間たちが豚人オークの死体を投げ入れていく。レヴィンはそこに【火炎球弾ファイヤーボール】を放り込んで、死体を焼き尽くしておいた。しかし、初めて使った魔法だが削れた分の土がどこかへ消えてしまうため、埋めることができないのが問題だ。


 魔物の処理を終えた一行はすぐに東進を再開した。


 思いの外、大規模な襲撃を受けて時間を取られたものの、何とか陽が落ちる前に最初の目的地であるメルディナの街を拝むことができた。ちなみに最終目的地は、ここから更に東にあるカルマの街である。消耗していたレヴィンは、その後、魔物の襲撃がなかったのでホッとしていた。街の周囲は一面、畑のように見える。広大な面積が耕作地として使われているようだ。美しい農村のような風景が街の周囲には広がっていた。街へは予定より少し遅い、十七時過ぎの到着であった。メルディナの街に着いたと言っても一行はまだ中に入れていなかった。どうやら商人の運ぶ荷は衛兵のチェックが必要なようである。この街はアウステリア王国の王都ヴィエナの東に位置している。王国内なので関税は発生しないが、違法な物が持ち込まれないよう調べられるらしい。レヴィンたちも身分を証明するものを見せる必要があるらしく、皆、探求者ハンタータグを提示していた。レヴィンはアウステリア王国の国民なので、戸籍カードでも通用すると言う話だ。商人のハモンドはと言うと、商人ギルドのカードを提示していた。彼も商人の例に漏れず、積み荷の確認をされるはずなのだが、まだ調べられていない。


「衛兵隊長を呼んでくれ」


 ハモンドの言葉を受けて、やがて一般の衛兵よりも装備や装飾の良い兵士がやってきた。彼が衛兵隊長なのだろう。ハモンドが彼に一言二言言葉を掛けると、すぐに通行の許可が下りた。どうやら積み荷の確認はされないようである。王都ヴィエナでもこのような確認が行われているのを知っているレヴィンとしては、疑問に思うところもあったが、まだまだこの世界のことをよく知らないので特に気に留めることはなかった。もしかしたらハモンドは、レヴィンが思っている以上の大店おおだななのかも知れないし、メルディナの衛兵に顔が利くだけかも知れないのだ。


 街の中に入り大通りを行く。そして一軒の宿屋の前で荷馬車の列が止まった。そこでハモンドは、探求者ハンター一同に各自で宿を取るように言ってきた。


「積み荷の見張りなどはよろしいので?」


 護衛任務のリーダーであるテオドールが疑問を口にした。レヴィンは隊商などの護衛任務には通常、街中での積み荷の見張りも含まれることを知る。街の中とは言え、それ程治安が良い訳でもないのかも知れない。


「構わないよ。野宿ばかりで君たちも疲れただろう? 今日は宿でゆっくりと休んでくれ」


 ハモンドの言葉にテオドールはあっさりと引き下がった。

 別に喰い下がる程のことでもないと思ったのだろうか。


「では明日はこの宿の前に九時集合と言うことでよろしくお願いします」


 ハモンドはそう言うと、荷馬車に下男を残して宿の中へと消えて行った。

 取り残されたレヴィンたちであったが、そこは探求者ハンターの先輩である。すぐにそれぞれ、思い思いの方向へと去って行った。恐らく馴染みの宿があるのだろうとレヴィンが考えていると、テオドールに声を掛けられた。彼は《明けの明星》と言う四人からなるパーティを組んでいる。


「君は護衛任務は初めてだと言っていたね。私たちがよく使っている宿に来るかい? そんな値の張る宿じゃないから心配する必要はないよ」


 初めて訪れたそこそこ大きな街で、すぐにリーズナブルなお値段の宿が見つかるとは思えない。レヴィンはパァッと明るい表情を作ると、二つ返事でOKした。テオドールとその仲間たちが歩き出すと、レヴィンもその後ろを着いて歩き出した。レヴィンの隣にはイザークとイーリスもいる。どうやら彼らも着いてくるようである。おのぼりさんよろしく、周囲をキョロキョロと見渡しながらレヴィンは歩いて行く。大通りだけあって、かなりの賑わいだ。宿屋だけでなく食事処や飲み屋などもあるようで、とても良い匂いが漂ってくる。食事時だからか、呼び込みも盛んに行われていた。五分程歩いたところに目的の宿は存在した。レヴィンはテオドールたちに倣って、部屋の空き状況と料金を確認すると一人部屋を借りた。一泊で銀貨四枚と大銅貨五枚であった。前金でいくらかもらっているので払えない額ではない。レヴィンは少し高いようにも感じたが、宿屋の料金の相場など知らないので実際のところは分からない。テオドールの言葉を信じるならば、良心的な料金なのだろう。


 部屋に荷物を置くと、レヴィンは早速、街の散策に出かけることに決めて勢いよく宿を飛び出した。

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