大人のための日本昔話

👍 一寸法師（１）一寸法師とは何者か？

　夜もだいぶ更けたころだった。夜空には、満天の星が瞬（またた）いている。

　星々の間に、小さな動く光の点が現れた。やがて火の玉となり、長い尾を引いて森の中に落ちた。ここは、摂津国（せっつのくに）の難波（なにわ）＊と呼ばれる里だ。

　　＊現在の大阪市のあたり。

　火の玉は蹴鞠（けまり）ほどの大きさだった。土の中に三分の二ほど埋まったためか火はすぐに消えて、しばらく水蒸気のような白い煙を立ち上らせていた。

　夜が明けた。

　玉の、地表から露出した部分は、高熱に晒されたためか、黒く焦げたように見える。

　すると不思議なことに、細長い棒のようなものが玉から出てきて、真上に向かって伸びた。すぐに先端がくの字に曲がり、その部分が垂直部分を中心にして、周囲の色々な方向に向かって動いた。まるで、潜望鏡のようだ。

　近くを通りかかった茶色の野良犬が、目敏くこれを見つけて、足早に近付いてきた。

　犬は動くものに興味を示す。棒の先に鼻を近付けて、臭いをかぎだした。

　ひとしきり匂いを嗅ぎまわった後、離れていった。食べ物の臭いがしなかったのだろう。

　3日後の夜、玉の上部がパカッと開くと、そこから、もっと小さな玉が出てきた。小玉はコロコロと転がって、元の玉から離れていった。

　やがて小玉は、ある家の床下に入っていった。

　　　＊

　昔、摂津国難波に、お爺さんとお婆さんがいた。二人は仲睦まじく暮らしていたが、子宝には恵まれなかった。

　どうしても子が欲しいお婆さんは諦めきれず、住吉大社（すみよしたいしゃ）に参詣しては、子を授けて下さるよう祈った。

　そうするといつも、お爺さんは言うのだった。

「お婆さんや。その歳となったからには、もう子供は出来まいよ。このままでも幸せなんじゃから、子がなくてもいいではないか」

「いえいえ、お爺さん。わたしゃ、どうしても子が欲しいんです。すみよっさんのお力におすがりすれば、きっと子が授かります」

　ある晩、お爺さんとお婆さんが眠っていると、床板の割れ目から、何やら見慣れぬ恰好をした小人のような者が上がってきた。背丈は、大人の親指くらいしかない。

　着ている服は、この辺りではまったく見かけないものだ。被り物を付けているのか、どこが顔なのかよく分からない。

　あたりが暗いにもかかわらず、小人は真っすぐにお婆さんの方に歩いて行った。

　お婆さんの顔の前に来ると、しばらくそこに佇んでいる。

　やがて、小人はお婆さんの足の方に移動した。そして服が半分に裂け、中から得体のしれない物が這い出してきた。まるでナメクジの親玉だ。

　ナメクジの親玉は、お婆さんがかけている布団の中に潜り込んでいった。

　翌朝、お婆さんが小人の服を見つけた。もちろん、それが何だかは分からない。

「お爺さん、こんなものが落ちていますよ。何でしょうね」

　お婆さんは、服を裏表にして眺めたり、引っ張ったり、臭いをかいだりしている。

「ん？　何だって……？　どれ、わしにも見せなさい」

　お爺さんも手に取って、しげしげと眺めた。

「何だ、こりゃ。ふーむ。こんな布（きれ）、わしゃ、見たことないぞ。薄気味悪いな。燃やしてしまうか」

「お爺さん、ダメですよ。もしかして、すみよっさんが寄越した物かもしれませんから」

「いや、そんなことはあるまい。だが、お前が取っておきたいというなら、どっかにしまっておきなさい」

「ところでお爺さん。ゆうべ、あたしが寝ている間に、何かしなかったかえ？」

「え？　何かって何だ？」

「その……。夢に見たんですよ。お爺さんが、あたしに覆いかぶさってきて。夫婦（めおと）になったばかしのころのようにねぇ」

　お婆さんは、心持ち頬を赤らめた。

「お婆さん。何を戯けたことを言っとるのかね。そんなこと、あるわけがない」

「そうかねー。朝起きたら、お股が濡れておったのじゃがなぁ」

「もう止めんかい。おおかた、小便でもチビったんじゃろう」

　3か月ほど後、お婆さんは体に異変を感じた。お腹が、徐々にせり出してきたのだ。

　お婆さんは、自分の祈りがすみよっさんに届いて、子を授けて下さったのだと確信した。大喜びで、お爺さんに話した。

　すると豈（あに）図らんや、お爺さんの表情が険しくなった。

「子が出来ただって⁈　はて、面妖な。わしには、そんな覚えはないからのぅ。いったい、どういうわけだ？　ことと次第によっては、ただでは済まされないぞ」

「何を言ってるんですよ、お爺さん。すみよっさんが授けて下さったんですよ」

「そんなことがあってたまるか。さてはお前、男と寝たな？　相手は誰だ。森口の平助（へいすけ）か？　あいつ、いつも物欲しそうな面（つら）をして、どうも気に食わんのだ」

「こんな婆に、誰が手を出すもんですか。いい歳をして焼き餅とは、みっともないですよ、お爺さん」

「いや。分からんぞ。世の中には、ゲテモノ食いがいるからな」

「お爺さん。いい加減にしないと、怒りますよ。ゲテモノって、あたしのことですか？　ひどいじゃありませんか。第一、あたしにはもう、月のものがないんですから」

「え⁈　そうなのか……。するとお前が言うとおり、すみよっさんの思し召しか！　お前を疑った、わしが悪かった。許しておくれ」

　それから7か月ほどして、お婆さんは可愛らしい男の子を生んだ。

　身の丈が1寸（約3cm）ほどしかなかったが、早世することも病気になることもなく、元気に育っていった。

　しかし、背丈は生まれた時から変わらなかった。だから、男の子が生まれた時に呼んだ「一寸法師（いっすんぼうし）」をそのまま、男の子の名前とした。

　小さな背丈に似合わず、一寸法師は途方もない大飯（おおめし）食らいだった。しかし、お爺さんとお婆さんは、いつか一寸法師が普通の背丈になるに違いないと思い、貧しい中、一寸法師には食べたいだけ食べさせてやった。

　一寸法師は13歳になった。しかし、背丈は一向に変わらなかった。

　ある晩、お爺さんとお婆さんが、小声で話していた。

「お婆さん。もっと近くに来なさい……。他でもない、一寸法師のことだ。あ奴め、いっこうに背丈が伸びない。これは、どう考えてもおかしい。お前はそうではないと言うだろうが、あ奴の正体は化け物ではないか？」

「そうかもしれませんねぇ」

「おや。あっさりと認めるのか。しかし、すみよっさんは、なぜ化け物を授けたのだろう。何も悪い事などしていないのに」

「あたしには、思い当たる事がありますよ」

「え？　何だ、それは」

「一寸法師が生まれる前、一緒にすみよっさんにお参りしたことがありましたね」

「あったかな」

「確か、第四本宮（ほんぐう）にお参りした時だった。お爺さん、手を合わせながら、大きな音でオナラをこきましたね。しかも、鼻が曲がりそうなくらい臭い奴を。だから、お祀りしている息長足姫命（おきながたらしひめのみこと）がお怒りになって、あたしたちを懲らしめてやろうとお思いになったんですよ」

「へ⁈　そんなことあったかいな」

「ありましたよ」

「そうか。たかが屁だと、馬鹿に出来ないな」

「屁の祟りは、怖いんですよ」

「だが、今さら仕方がない。出たものは元には戻せないからな。それより、このままでは、わしたちが飢え死にしてしまう。何とかしなければいかんぞ。そうだ、あ奴にこの家から出ていくように命じよう」

「そうですね。それがいい。もしも言うことを聞かなかったら、捕まえて、一捻りして、床下にでも埋めてしまいましょう」

「あ奴を生んだお婆さんが、そんな怖ろしい事を考えるとはなぁ……。じゃが、いい考えだ。あ奴は小さいから、いとも簡単に捕まえられるだろうて」

　二人の密談を、じっと声を潜めて聴いている者がいた。むろん、一寸法師だ。

　彼は、お婆さんのすぐ後ろで、身を屈めていた。ちょうど、蝋燭の灯りと反対側で、濃い陰になっていたのだ。

　二人が寝静まってから、法師は考えた。

　これは大変なことになった。もっとも、いつまでもこんな田舎にいるつもりは、端（はな）からなかったが。こんな家、二人に出ていけと言われる前に、こっちから出てやる。

　法師は翌朝すぐに、お爺さんお婆さんに話しかけた。

「父上様、母上様。実は私には大望（たいもう）があります。都に上って、偉い方にお仕えしたいのです。身を立てた暁には、きっとお二人を呼び寄せて、何不自由ない暮らしをしていただきたく思います。どうか、私の我儘をお許し下さい」

　すると、お爺さんお婆さんは、互いに顔を見合わせて、にっこりとした。

「おお、そうか。実に立派な心掛けだ。心置きなく、行くがよい」

「つきましては、お願いの儀がございます」

「何じゃ？」

「母上様。針と箸（はし）を1本ずつ、お椀（わん）を1客、いただきとうございます」

「何に使うのかえ？」

「針は剣。お椀と箸は、舟と櫂（かい）でございます」

「おお、そうか。いいとも、いいとも」

　お婆さんは快く、それらを分けてくれた。

　法師は、藁を使って、剣の柄（つか）と鞘（さや）を拵（こしら）えた。

　出発の前日、法師は密かに、家の床下に潜った。この家に来る時に使った小さな玉（以下「乗り玉」と呼ぶ）に乗り込み、ある場所に行った。森に囲まれた草地で、何の変哲もない場所だ。

　法師は懐から箱のようなものを取り出して、箱を指で押した。

　すると、地面が割れて、玉のようなものが頭を出した。これこそ、彼が13年前に乗ってきた玉（以下「母玉（ははだま）」と呼ぶ）だった。

　法師が再び箱を操作すると、母玉の扉が開いた。彼は、乗り玉を母玉に格納するとともに、自分も中に入っていった。

　しばらくすると、母玉は覆っていた土をはねのけて、1尺（約30cm）ほど空中に浮かんだ。それから、ひとしきり辺りを飛びまわった後、元の地面に戻った。母玉から出てきた法師は、家に帰っていった。

　いよいよ、出立（しゅったつ）の朝が来た。

　お爺さんお婆さんは、涙を流しながら言うのだった。

「一寸法師や。お前に行かれては、寂しくて仕方がない。やはり、行くのは止めてもらえないか？」

　二人の密談を聞いてしまった法師には、二人の言葉はひどく白々しく感じられた。法師も、心にもない言葉で答えた。

「いえ。しばらくのご辛抱です。きっと立派になって、お迎えに上がりますから」

　自分が俺が偉くなった時には、二人とも土の下だろう。

　法師は、住吉の海岸からお椀の舟を漕ぎだした。

　次第に離れていく海岸と、そこで手を振る人々を見て、法師の心には、次のような歌が湧いた。

〔懐かしくも悲しくもある難波（なにわ）を後にして、私は青雲の志を抱きつつ、勇躍、花の都に上ろうとしている。私の前途は、何と希望に満ち溢れていることよ〕

《続く》