第5話 幼なじみvs聖女

 クラスの聖女様と二人きりで喫茶店。男子たちだったら、泣いて喜ぶシチュエーションかもしれない。


 でも、わたしは普通の女子なので、そんなに喜べない。


「わたしをこんなおしゃれに喫茶店に呼び出して、何の用事?」


 わたしは――神宮寺菜穂という地味な少女は、目の前に聖女様がいることに困惑していた。

 聖女と呼ばれる美少女・塩原詩音は、ふふっと笑う。


「そんなに警戒しないでよ。取って食べたりしないから」


「聖女様も面白い言い回しをするのね」


「私は聖女なんかじゃないよ」


 塩原さんは困ったように笑みを浮かべた。

 放課後。学校と駅のあいだにある高級そうな喫茶店に、わたしは呼び出されていた。


 落ち着いた色合いの店内で、メニューはコーヒー一杯800円!

 信じられない金額だ。


「私が奢るから気にしないで。すみません、このフレンチトーストセットを2つお願いします」

 

 塩原さんは平気な顔で言う。そして、銀色の長い髪を指でかきあげた。

 本当に可愛い子だなと思う、外国の血が入っているから、きめ細やかな肌も真っ白。顔はアイドルみたいに整っている。


 こんな子に好きって言われたら、男の子は嬉しいんだろうな。きっと公一も……。

 わたしは正反対だ。地味で平凡で、美少女なんかじゃない。わたしはわたし自身を嫌いで、こんなわたしを好きになってくれる人なんて……。


 わたしはそう考えて、公一が「菜穂を好きだ」と言ってくれたことを思い出す。聖女様よりも、他の誰よりも、わたしのことを好きと言ってくれた。


 思い出すだけで、顔も真っ赤になりそうになるし、胸の奥が熱くなる。

 そう……。わたしも公一のことが大好きだ。


 そして、きっと聖女がわたしを呼び出したのも、公一が理由だと思い出す。


「塩原さんがわたしを呼び出したのは、公一のことだよね?」


「わかっているんだ。部活は良かったの?」


「部員も公一だけだし。用事があるって言って帰ってきたけど」


公一・・くんとの時間を邪魔してごめんなさい」


 塩原さんが公一の名前を呼んだから、わたしははっとして塩原さんを見つめた。

 いたずらっぽく塩原さんは片目をつぶる。


「やっぱり、公一くんのこと、好きなんだ」


「どうしてそういう話になるの?」


「だって、私が名前を呼んだだけでそんなに悔しそうな顔をするんだもの」


「べつに……公一なんて、どうでもいいし」


「ふうん。それがあなたの本心?」


「……わたしにとって公一は大事な幼馴染だけど。そういう塩原さんこそ、公一のことが好きなの?」


「ええ。わたしは公一くんのことが好き」


 塩原さんは何でもないことのように言った。どうして塩原さんが公一のことを名前で呼んでいるのか、とても気になる。

 もしかして……塩原さんが告白して、それを公一が受け入れてしまったんだろうか? 今すぐにでも、公一に電話をしたい。


 でも、そうだとして……わたしには何も言う資格はない。

 わたしは公一を振り続けているんだから。

 

「ねえ、神宮寺さん。どうして公一くんのことを振り続けているの?」


「わたしが公一に恋愛感情がないから。それだけ」


「私には嘘をつかなくもていいのに。でないと、私が公一くんを奪っちゃうよ」


「二人は付き合いはじめたわけじゃないの?」


「彼は神宮寺さん一筋だもの。私の告白は受け入れてくれないよ」


「ふ、ふうん……」


 わたしは心のなかで安堵する。


「ほら、安心した顔をした」


「べつに……」


「このままだと、私が公一くんを奪ってしまうかも。それでもいいの?」


 わたしは窓の外を眺めた。きっと公一と塩原さんが付き合えば、お似合いだと思う。

 それを邪魔する権利なんて、わたしにはない。


 なぜか、わたしは塩原さんに本音を話そうと思った。


「公一はね、ずっとわたしのヒーローだったの。昔も今も。わたしがいじめられていたら守ってくれて。かっこよくて、いつも強くて、なんでもできて……憧れの存在だった。本当は、わたしは公一のことが大好き」」


「それなら、どうして公一くんと付き合わないの?」


「わたしには公一しかいなかった。ううん、今も公一しかいないの。でもね、何もないわたしが、公一と付き合ったら、本当にわたしには公一しかなくなっちゃう。公一に依存しちゃう」


 わたしは怖かった。公一の好意を受け入れれば、きっとわたしはその幸せの中へと沈んでいく。何もないままのわたしは、公一で埋め尽くされて……。


 でも、公一はわたしよりずっと優れた存在だ。もし公一がその後、わたしを見放したら、何もない、公一もいないわたしはどうすればいいの?

 

 塩原さんは呆れたようにため息をつく。


「神宮寺さんは面倒なことを考えるんだね」


「何でも持っている聖女様には、わからないよ」


「私は聖女じゃないし、何もないよ。だからこそ、私は公一くんのことを手に入れたいの」


「そっか。わたしはそれを止める権利は、ないよ」


「ねえ、神宮寺さんは本当にこのままでいいの? 公一くんは神宮寺さんのことを大好き。神宮寺さんも公一のことを大好き。話は簡単なことだと思うんだけどな」


「……もしもね。わたしがもっと良い人間になれて、公一に与えられるだけのものも持って、そのときも公一がわたしを好きだと言ってくれたら……」


 そのとき、わたしは公一の気持ちを本当の意味で受け入れることができると思う。

 そのとき、公一にはきっとわたしよりずっといい人が見つかっていると思うけれど。

 

 塩原さんはわたしをじっと見つめていたが、しばらくして、ふわりと笑った。


「公一くんと神宮寺さんって、似ているね」


「わたしが? 公一と?」


「そうそう。ねえ、同じ映画研究部の部員として、これからよろしくね」


「うん……」


「それと、私、明日、公一くんに告白するから」


 わたしの心臓がどくんと跳ねる。

 塩原さんは微笑み、そして、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。





<あとがき>

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