魂が欠ける時

伊桃 縁

第1話 降臨

 僕は冠城かぶらぎという男の遺体を見つける為に、殺されたという彼の幽霊に憑りつかれた。

 そして今、僕もその犯人に殺される寸前だった。あと一秒でも遅かったら、撃たれていただろう。

 折角、買ってもらったブランド物のスーツが血だらけになってしまった。クリーニングに出せば元通りになるのかな。

 薄れゆく意識の中で、パトカーのサイレンと僕の名前を呼ぶ声がする。


 ―—冠城さん、あとはあなたの遺体が見つかれば――



 ――九日前。

 僕はどうにか残業を終え、走れば終電に間に合いそうだが、もうそんな気力はなかった。いつものようにコンビニでおにぎりを買い、食べながら歩いて帰る。睡眠不足のせいか足元が覚束おぼつかい。

 「もう、全部しんどいなぁ」

 ぼーっとしていた。気付いた時には、キックボードに乗った人が目の前に。


 どんっ――バタッ


 目を覚ますと自分の部屋にいた。酷い頭痛で何も思い出せない。体は重く、やっとの思いで水を飲んだ。外はもう明るい。体温計で熱を測ると三十八度九分。自己最高記録を更新。さすがに会社には行けないと思い、その日は休むことにした。

 横になっていても眩暈が酷く、混濁する意識の中で何か感覚が蘇ってきた。体中が熱く燃え上がったと思いきや、急に激痛が走り、まるで冷たい水の中に放り込まれたような。真っ暗な底に落ちていく感覚だ。


 いったい、僕の体に何が起きているのだろう。


 『おーい。大丈夫かぁ?』

 男の人の声だった。誰かお見舞いに来てくれたのか。でも、仕事に時間を独占され続ける僕にそんな友人も彼女の存在もいない。そっと目を開けると見知らぬ男の人が座っている。

 『お、生きてた。良かった』

 全身に電気が走ったように飛び起きた僕は、驚きのあまり声すら出ない。

 『おい、急に起きたら体に障るぞ?』と、心配そうに僕をのぞき込む。

 見たことのない知らない男。何か考え事をするような顔つきをしてからひらめいたと言わんばかりに表情が明るくなり、笑顔で僕に言った。

 『なぁ、俺、殺されたんだよ。俺の死体を見つけるの手伝ってくれない?』

 僕はその場で気を失った。

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