第三六話 戦闘開始
「ちょ……千裕っち! 独断専行は……ああっ、もうっ! イグニス所長ッ! 千裕っちが!」
七緒さんが僕を止めようとするが、すぐに諦めてインカムで応援を呼んでいるのを背に、僕は走り出す。
モニターで見た特徴と一致する赤髪……少し髪型を変えているが、鋭い目つきと明らかに挙動のおかしな行動、まるで周りを窺うように歩いている男性が僕と目が合った瞬間に別の方向へと向かおうとした事に僕は気がつき、違和感を感じるよりも早く咄嗟に体が動いた。
目が合わなければ気が付かなかったかもしれない、そして目が合った瞬間にまるで
まるで僕と目を合わさないように別の方向へと歩き出す赤髪の男性に僕は声をかける。
「ちょっと待ってください!」
「……あ、ああ……何かな? き、君は勇武の学生さんだろ?」
赤髪の男性は振り返ると敵意がないことを示すかのように両手を広げて笑顔を浮かべている。
手には武器になるようなものは持っていないが、彼の肉体はかなり鍛えられておりその広げている手も格闘技の経験があるかのようにゴツいもので、背の高さも一九〇センチメートル近い長身で僕は彼の顔を見上げるようにして立つ。
そして僕の
「申し訳ないのですが、お話を聞いても良いですか?」
「……困るね、私は人と待ち合わせをしているんだよ、学生さんには関係のないことだしね」
「いえ、この辺りでヴィランがいるって話がありまして……」
「そっかそっか、ヴィランがねえ……
赤髪の男性は少しだけ吐息を漏らすように息を吐くと、なんだと言わんばかりに別の方向に視線を動かす……視線を動かした?
次の瞬間静かな公園にギャイイイイイン! という何かを掻き鳴らすような音が響くと、まるで何かが撃ち込まれたかのような爆音と爆風が巻き起こり僕とその男性の間にある地面を思い切り削り取っていく。
もう一人? まさか……僕が咄嗟に顔を庇いながらその攻撃された方向へと見ると、まるでパンクロックギタリストのような格好をした金髪の恐ろしくグラマラスな女性が手に持ったギターを構えて笑っている。
「アハハッ! なんだ青臭いガキじゃないか、ポイズンクロー……こんなのすぐ殺しちゃいなよ」
「お前はバカかヘヴィメタル……俺たちの目的は待避だ、殺しじゃねえぞ」
赤髪の男性はやれやれといった表情で軽く爆風で乱れた髪を手で整え直すと、僕に向き直って笑いながらその真の姿を見せていく……両手の腕、肘から手の先までがまるで猛毒を持つ両生類のように紫色に変色し、指先の爪が鋭くそして猛獣のように伸びていく。
そしてヘヴィメタルと呼ばれた金髪の女性は再びギターを掻き鳴らし始める……アンプも繋がっていないのに恐ろしくソリッドな音を奏でると、彼女は獰猛な笑顔を浮かべて叫んだ。
「子供殺すのは忍びないけどサァ! ヒーローなら仕方ないよねッ!」
「くっ……音が衝撃波になるのか……」
「そうだよ坊やァ! アタシはヘヴィメタル……奏でる音は人を打ち砕くのさ!」
その言葉と同時にまるでギターの音自体が牙を向いたかのように、地面を割きながら不可視の衝撃波が音を立てて僕へと迫ってくる。
僕は咄嗟に大きく後ろへと跳躍し、その直線的な衝撃波を避けて距離を取る……二体一、確かに授業でヴィランとの戦闘は状況にもよるが多数相手の戦いになりやすいと教えられている。
彼らはヒーローと一対一で戦うことを極力避ける……ファイアスターターやリフレクターのように個別に襲いかかってくるなどレア中のレアだと言われる。
「あぶっ……な……っ!」
「……所詮学生だな」
着地した僕は背後に恐ろしいまでの殺気を感じて咄嗟に前へと身を投げ出すと、背中を掠めるようにポイズンクローの爪が音を立てて通過していく。
ハンドスプリングの要領で僕は地面に拳を叩きつけ、追撃を避けるために空中へと身を踊らせる……いつの間にポイズンクローが接近していたんだ。
攻撃を躱されたと理解したポイズンクローは舌打ちをしながら、再び距離をとって軽く拳を構えているが、それに目を取られ空中に浮いたままの僕に向かってヘヴィメタルが再び衝撃波を放つ。
「HAHAHAッ! 可愛い坊やだけど血まみれになりなアッ!」
避けきれないッ! ……僕は瞬間的に
バアアアンッ! という音と共に衝撃波とパンチの威力が相殺され四散する……僕はそのまま地面へと降り立つが、ヘヴィメタルは笑顔を硬直させ、ポイズンクローはマジかよ! と言わんばかりの表情を浮かべている。
「こいつ……ネゲイションの言ってた……」
「ネゲイション?」
ポイズンクローが僕の疑問に、しまったと言わんばかりの顔を浮かべると一気に距離を詰めるために突進してくる……おそらく彼の腕は触れたり傷をつけられると致命的な毒を体内に注入される可能性が高い、見た目からしてすでに毒々しいし。
しかし僕の戦闘スタイルは千景さんに鍛えてもらったように格闘戦メインだ……距離をとって戦うなどという器用な芸当は出来ないしやれない。
「だからこそ前に出るしかない……!」
「小僧のくせに良い度胸だ……ッ! 悪くない!」
ポイズンクローは両腕を少し低めに構えると、僕の予想よりもはるかに速い速度で前へと突進する……このヴィラン格闘技を学んでいるのだろう、構えが恐ろしく様になっている。
お互いの拳が届く位置、真正面から僕とポイズンクローは同時に攻撃を繰り出す……右、左、再び右とお互いの拳同士が真正面から衝突していく。
拳と拳が衝突するたびにパアンッ! パアンッ! と攻撃を弾きあう音があたりに響く……お互いが接近戦となっているため、ヘヴィメタルは巻き込みを恐れて衝撃波を撃てず、呆れたような顔で僕らを見ている。
「クハハハッ! 小僧ッ! お前いいな!」
「くっ……」
だが次第に僕はポイズンクローの拳の勢いにジリジリと後退していく……そもそも体格差で言えば僕より二〇センチメートル近くヴィランの方が背が高く、体格も優っている。
ヴィランの顔に加虐的な笑みが浮かぶ、このまま押し切れば僕を倒せると踏んだのだろう、だがこのまま押し切られるわけには……ぎりりと奥歯を噛み締める僕だが、背後から知り合いの声が響いたことで咄嗟に攻撃をやめて地面を蹴り飛ばしポイズンクローとの一気に距離を離す。
「千裕っち! とんでっ!」
「う? お……おっ!」
僕が後方へと一気に飛んだ次の瞬間、凄まじい突風がポイズンクローに叩きつけられる……それは空気を圧縮した砲弾のように衝突し、咄嗟に左腕でガードしたポイズンクローの体を大きく横へとずらす。
バランスを崩さないようにポイズンクローは足を踏ん張るが、それでも数メートルほど右側へと跳ね飛ばされ、驚いたヴィランはその攻撃の方向へと視線を動かす。
そこには両手を突き出した格好で、ほんの少しだけ腰の引けた格好で立っている七緒さんが立っている。
「はあっ……はあっ……先走って困るんだよ!」
「七緒さんっ!」
「新手……こいつも学生か……」
ポイズンクローは七緒さんの攻撃を受けた左腕をクルクルと回し、ほぐすように動きを確認している。
僕は着地した後、七緒さんの近くへと駆け寄るが彼女はほんの少し目に涙を溜めて僕をキッと睨みつけると非難するように口を開いた。
なんで独断専行して戦闘やってるんだ、と言いたげなその目に思わず僕は謝ってしまう。
「ったく……千裕っちらしいけど、所長に任せなきゃ……あとでお仕置きだぞ」
「ご、ごめん……七緒さん、でも助かったよ」
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