絶対ハーレム世代の男子校生

馬頭鬼

~ 序章 ~


「よし、死のう」


 ほんの一時間前までみよちゃん(仮)にメッセージを返した俺は、肺胞に入った煙を大きく吐き出し、そう告げた。

 眼前のテーブルには30年もののスコッチウィスキーとブランデー、純米大吟醸の日本酒……そして山のように積み上げられた睡眠薬がある。

 これから、人生で最大のお気に入りだった血糊量史上最大というスプラッターコメディ映画を見ながら、この睡眠薬をつまみに酒を飲み続け……人生の最期を迎えるのだ。

 

 ──余命、一年。


 数か月ほど前、遺伝子異常の何たらで正式な病名は分からない……というか面倒な名前で知ろうとも思わない系の難病に罹患し、そう告げられた俺は即日、20年弱勤めた職場に即日退職願を提出し数百万円あった貯金と、雀の涙の退職金を全額下し、人生の最期くらいは愉しんで終えようと目一杯遊ぶことにしたのだ。

 通販で各地の名物を喰い漁り、高額の酒を頼み、キャバクラ、ソープにおっぱぶとヤりたい放題やらかし……ついでとばかりに援助交際を試してみて、先ほど女子高生のみよちゃん(仮)と一晩楽しみ、残った金である諭吉さん15枚ほどを渡して、俺の個人資産と共にこの世の未練はなくなったところである。


「……あ~、有終の美、ってヤツだな」


 安物のカーペットに腰かけた俺は、数万円はしたブランデーの封を開き、2万弱のバカラのショットグラスに注ぎながら、一本が3万円はする葉巻を吹かしてそう呟く。

 特に楽しみもなかった39年の俺の人生だったが……僅かな余命の間に出来る限りの贅沢は楽しんだ。

 両親は健在だが、弟が優秀なので俺一人死んでもそう問題なく、妻や子供どころか彼女も長いこといない。

 しいて言えば、高校時代から読んでいた漫画がまだ未完のままなのが心残りではあるが……作者が亡くなったのでもう完結されることもなく、この世の未練は完全に断ち斬れている。


「では、来世に乾杯だ」


 俺はそう告げながら、ブランデーを口に含み、お気に入りの映画の再生するべくリモコンに手を伸ばした……その時だった。

 仕事以外では全く通話を使うことのなかったスマホが、突如として鳴り響き始めたのだ。


「……何だよ、このタイミングで」


 しかも相手はかかりつけの医師である。

 今さら病気が間違いですと言われても取り返しがつかないものの、変な未練を残してくたばっても来世で悔やみそうだと考えた俺は、仕方なくブランデーを飲み干すと、スマホを取る。


「……はい、ええ。

 はい、はぁ、分かりました」


 あまり酒に強い訳でもない俺が、景気づけとは言えショットグラスいっぱいのブランデーを飲み干したものだから、頭がくらくらして先生の話はよく分からなかった。

 分からなかったが……何やら生き延びる術が見つかるかもしれない、とのことである。


「……今更、生き延びる、ねぇ」


 名前すら忘れた先生の話を要約すると、現在の医療技術で俺の身体は直せない。

 だからこそ、身体をカプセルに入れて低温保存し、北極の海底深くに沈め、数年後から十数年後の未来に解凍して治そう……という治験の一種を行いたいらしい。

 まだ始まったばかりの治療法であり、成功例すらない一種の賭けではあるが、医学の発展のために貢献して欲しいという……要するに実験体になってくれ、という話である。

 金もなくなったし、遊べるだけ遊んだ今、この世の未練など欠片もない。

 だけど……


「まぁ、金も出るならやってみるか」


 この世に未練なんてもうないとは言え、やりたいことももうないし、将来に展望すら抱けないとは言え、別に死にたい訳じゃないのだ。

 生き延びる術があるなら……賭けてみるのも面白いかもしれない。

 何せ……死ぬのはいつでもできるのだから。

 

「じゃ、ちょいと行ってみますか」


 俺はそう呟くと、手持ちの財布を開き……行きの電車賃が残っていることに安堵しつつ、アパートを飛び出したのだった。


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