第4話 恋の始まりの自覚

「足、怪我でもしてんのか?」

「きゃっ!…なんだ、キミか」

「歩くの、クソおせーな」


 最初はギョッとした顔をしたものの、俺の顔を見て安心したのか、イインチョはすぐに無表情に戻ると、履いていた靴の片方をいきなり脱いで俺の前に置く。


「なんだよ?」

「持ってみて」

「はぁっ?」

「いいから」


 訳が分からないながらも、イインチョが脱いだ靴を持った俺は。


「おもっ!なんだコレっ?!」


 なんの修行かと思うほどの重たさに驚いた。

 鉄板でも入っているんじゃないかと思うくらいに、彼女の靴は重たかったのだ。


「なんだよこれ、足でも鍛えてんのかっ?!」

「まさか。浮いちゃうと困るからよ」


 だが、彼女は表情を変える事無くサラリと言う。


「言ったでしょ?私、興奮すると体が浮いちゃうって」


 曰く、ショッピングをしていると気付かないうちに興奮してしまい、体が浮いてしまうとのこと。だから、ショッピングの時にはいつも、このアホみたいに重たい靴を履いているのだとか。


「今すぐいつもの靴に履き替えろ。持ってんだろ?」

「えっ?でも」

「いいから」


 戸惑いながらも、彼女はいつもの靴に履き替えた。

 俺は、アホみたいに重い彼女の靴を袋に入れて自分の鞄の中に放り込むと、空いた片手で彼女の腕を取った。


「なにすっ」

「俺が押さえてやる」


 振り払おうとする彼女の腕を強く掴み、俺は言った。


「イインチョが浮きそうになったら、俺が押さえてやるから。だから安心して買い物しろ」


 イインチョは、目を見開いて俺を見た後、すぐに俯いてしまった。

 長い髪がサラサラと肩口から滑り落ち、イインチョの顔を隠してしまう。

 そのまま、イインチョは暫くの間迷っていたようだったが。


「うん。ありがと」


 蚊の鳴くような小さな声でそう言うと、顔を上げて俺を見、ニッコリと笑った。

 瞬間。

 俺の心臓が、ドキンと胸の中で飛び跳ねた気がした。



「あっ、可愛い・・・・」


 ウィンドウ越しに気になるものを見つける度に、彼女は駆け寄ってじっと眺める。

 眺めている間にフワフワと浮かび上がる彼女の体を、俺は腕を引いて押さえて。

 そのうち。

 腕を掴んで引き下ろす、というその構図が何やら暴力的なものに思えて来た俺は、彼女の腕を離すと、思い切って手を繋いでみた。

 これならば、カップルが仲良く買い物をしているようにしか、周りには見えないだろうと思って。


 それ以外の下心が全く無かったと言えば、嘘になるが。


「えっ?」


 驚いたように振り返る彼女に、俺は目を合わせないようにして言った。


「この方が、自然だろ?」

「・・・・うん」


 そう言って、彼女も俺の手を握り返してくる。

 瞬間。

 俺の心臓が、更に大きくドキンと、胸の中で飛び跳ねた気がした。


 もしかして俺、イインチョに恋、しちまったか・・・・も?!


 赤月正人16歳。

 恋の始まりの自覚。

 ・・・・なんて、な。

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