第57話

「なっ!?――くっ……」


 対象と共に居る哀愁漂う者――悪臭の主が、敵の居場所を教えてくれる。

 俺が祖父に教わり、この世界に来てからも磨き続けた居合い術だ。

 一閃――シムラクルムは、最短最速の一刀目こそ腕の強化で何とか防いだものの――準備不足な上に弱体化された腕は、弾き飛ばされる。


「――見えた」


 胴が空いた。

 光るように隙が見える。

 居合い術とは抜刀して一刀目ばかり着目されているが、そうではない。

 一刀目と二刀目で敵を仕留めるのだ。


「――二の太刀ッ!」

「――ぐッ……゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙アッ」


 二の太刀はシムラクルムの胴を袈裟斬りに深々と切り裂き――切断した肉は凍結している。


「数百年に及ぶキメラさんの不眠不休、無給労働の苦しみ――今こそ晴らす」


 うちの流派――正確には、俺が祖父から教わった剣術に二の太刀以降の技はない。

 俺はこの世界で覚えたてのぎこちない剣術に交え、親父から教わった格闘技を織り交ぜる。


「――くそっ動きが読めん! どの文献にも貴様のような戦い方をする者などいなかったぞ!」

「そりゃあそうだろう。この世界にはポイントを取るスポーツ格闘技なんてないんだろうからな。知りたかったら日本まで来いっ!――ニーナ、結界内に入って炎魔法で援護してくれ!」

「で、でも……っ。これ、こっち側は……」

「早くしろ、哀愁で気が散る!」

「暁までそんな事言わないでよッ! わかったわよ!」


 怒り心頭で結界へ向かって走るニーナに、俺は伝言を頼む。


「マリエに結界範囲を徐々に狭めて、替わりに強固にするよう言ってくれ!――崩落に耐えられるようにな!……あと、臭いはしばらく我慢するように言ってくれ」

「う、うるさいっ!――暁、もし死んだら……殺すわよ!」


 などと言いながら――ニーナは自分の脇の臭いを確認してから、恐る恐る結界に入れてマリエに貰い――みんなが自分を受け入れてくれたのを見て、ほっとしていた。

 そして徐々に狭まる結界内から手だけだしポンポンとこちらへ飛び出す炎を見て安心した。

 ちゃんとマリエに、俺の意図が伝わってたな。

 ……表層までしか読めないって言うのは、『読心魔法』の良いところだ。

 俺にとってはな。……まぁ、さっきニーナは俺の意図に気付いているようだったが。


「嗅覚疲労ってのは、偉大だな。……トイレも慣れれば臭くなくなるって言うし」

「貴様ぁあああッ! 貴様1人で私の相手が務まると思っているのか!? 舐めおって!」

「お前、ニーナの『哀愁漂う者』で能力が大幅に落ちてんだろうが。あと、胸に深手負ってるし」

「ぐ……っ。凍結が邪魔をして細胞分裂が、再生が……っ」


 こいつ、まだ凍結だけで再生が遅れてると思ってるのか。

 白衣着て頭良さそうな装いの癖に、脳の働きが悪いな。

 ――余程、脳に栄養が足りていないんだろうな。


「そんな状態のお前なら――崩落まで持たせてみせるさ!」

「クソが……。能力低下がなく、自己治癒さえ働けば貴様如き雑魚……っ」

「その全てを成す為、俺に力を貸してくれたチームがあったから――1人じゃ手の届かないプロジェクトを達成できるんだよッ!」


 無事だったシムラクルムの手足をも切り落とし――豚足が散らばる。

 凍結で血液まで凝固している影響か、切断面から血も出て来ないのは俺にとって幸いだった。


「グロいのは苦手だからな――さぁ、ブロック肉に解体してやる!」


 爆発までの時間か。『残り3分』というアナウンスが流れた。


「――クソっ! ハンネ、私に協力しろ! 今ならまだ許してやるぞ!」


 追い詰められたシムラクルムは、遂に1度は自分が斬り捨てた相手――ハンネに協力を要請した。

 結界前まで這いずり、助けを請う姿は滑稽だ。

 ハンネはそれに対し――。


「嫌よっ! ウチはもう、あんたの言いなりには生きないっ。世間の目を気にして逃げて、卑屈に生きたりしない!――胸を張って、ありのまま生きるッ!」

「ハンネ、強くなったね……っ」

「マリエ……。だとしたら、マリエと出会えたからだよ」


 俺達はこの短い期間に成長したハンネに感動していた。

 マリエと抱き合うハンネを見ながらも、俺は凍結の斬撃を止めない。


「――ハンネは立派だな。……俺は世間の目を気にして学校を辞めて、借金を返す為に卑屈になってでも金を得ようと、ずっと企業の言いなりだった。――オマケでもらった人生の最後ぐらいはさ、ハンネを見習って俺も格好良く生きるッ!」


 崩落時の爆発で細胞が消滅、あるいは落盤の圧迫で細胞が窒息死するぐらい――木っ端微塵にしなければ。

 最後まで気を緩めず、自分に出来る事をやるッ。


「――ふぅ……っ。すぅ……っ」


 酸素が薄くなって意識が遠のいてくる。

 剣術で習った特殊な呼吸法を行っても、なお息が苦しい。


「真に辛い時にそばに居てくれる奴こそが仲間なのと同じで……っ、部下が辛い時に寄り添わなかったお前の負けだ!」


ドンドン身体を削られていくシムラクルムの顔が、どうにもならない苦しみに歪み――。


「――クソがぁっ! そんなんだから貴様は男に捨てられ、結婚詐欺に遭うのだっ!」


「「「……は?」」」


 シムラクルムの言葉に、一瞬全員が動きを止めた。

 勿論、俺も止まった。


「ふはははっ! その女が婚約して住宅ローンを組んでいると言ったな!? 別居して何年経っていると思っているのかっ。その女の負債はそのまま、家も土地もとうの昔に売り払われている!――そもそも相手の男だって私の部下だ、病気など捏造だ!」

「ぇ……」

「ローン契約者が貴様単独名義で、不動産名義が男の時点で疑わない愚か者めがっ!」


 時が凍った――。

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