第29話

「いたた……ッ。くそ。物理、魔法、心の壁シールドは自動発動だった……ッ」


 弾かれた勢いで壁に衝突した俺は、痛む身体で現状を分析する。

 こんな程度で諦める訳には行かない。――こんな障壁程度で、俺は諦めない!

 飛び込み営業回り時代に言われた暴言の方が――余程応えただろう!

 悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、俺は地から立ち上がる。


「――ひっ……。お、男……ッ?」


 衝突音か人の気配か。或いは自動で発動した結界魔法によってかは解らない。

 通常状態、年相応の姿をしたマリエは目を覚まし、ベッドの壁沿いに逃げる。

 ――だが部屋の壁を突き破る力はないのか、後ずさりながら壁にぶつかり、涙目を浮かべ震えている。


「マリエ……っ。俺だ……っ!」

「――あ、暁さん……。なんで、なんでこんな夜中にっ。やっぱり、暁さんも野獣――」

「――マリエェエエエエエッ!!」

「い、いやぁあああああっ!」


 マリエの結界魔法でビリビリと痺れさせられ、重力で這いつくばり――一定距離から先へは進めない。

 今にも弾き飛ばされるか、潰されそうだ。

 ――だが、俺は負けない!

 俺はシールドに顔を押しつけ、這いずりながらマリエに近づく。


「マ、マリエェエエエエエ……っ」

「いや、来ないで……っ、男の人、怖いぃいいいい! 顔、怖いッ!」


 電流で表情筋が収縮しているのか、勝手に動く。表情が定まらない。

 恐らく、マリエや外部から見れば完全に狂った不審者の顔だろう――。


「マリエ!? 叫び声や物音が、どうしたの!?――……は?」


 マリエの部屋にある本来の扉を開いて入ってきたのは、ネグリジェ姿のハンネだ。

 彼女は俺の姿を見て一瞬思考が停止したようだが――やがて怒りに顔を歪ませた。


「不破暁! やはりあなたは不審者だったのね!」

「――ごばっ!?」


 どういう魔法を用いたのかは解らない。

 気が付けば俺は再び吹き飛ばされていた。

 顔を上げると、彼女の手には何処から召喚したのか――金属製の鈍器のようなものがあった。ってか、あれってバールだよな?


「いやいや、さすがにそんなんで殴られたら死ぬ!」

「――死ね、女の敵、不審者」


 抑揚のない声だった。殺意をむき出しにしたハンネがプリーストとは思えないような発言をしながらヒタヒタと迫り寄ってくる。


「話せば分かる! 夢中だったとはいえ、忍び込んだことは謝る!」

「黙れ。喋るな」


 ヤバい、このバーサクプリースト……懺悔の言葉にすら耳を貸さない!

 俺の眼前にまで迫り寄ったハンネが、バールを振りかぶる。


「――学年主席のマリエに、解らない勉強を教えて欲しかっただけなんだァアアアッ!」

「――へ?」

「へぶっ!?」


 マリエの呆気にとられた声の後――俺はバールの切っ先ではなく柄で殴られた。

 マリエの声が無ければ、鋭利な釘抜き部分で肉を抉られていただろう――。


「――わ、私に勉強を教えて欲しいって……どういうことですか?」

「ああ、うん。俺ってさ、この世界に来たばかりじゃん? なのに、筆記試験はもうすぐじゃん。……どうしても解けないし理論すら解らない問題が多くて。一生懸命調べたんだけどさ……繋がりから解らないから、資料探しすらも難しくて。筆記試験で3位以内に入れないと、最前線送りにされちゃうから俺も必死で、正気を失ってて……。怖い思いさせて、ごめんな」

「成る程っ。そういう事なら、お手伝いしますよ。勝手に暁さんを召喚したのも私達ですしね」

「ありがとう、本当にありがとうっ!……ところでさ」

「なんですか?」

「……壁の端から端でも、回復魔法って届くんだね。――なんか、如雨露から水を飛ばしてるみたいで変な感じだけど」

「私の心を開けた人は、より近づけるはずですよ。女性かショタなら直接触れるんですけどね。暁さんは、これ以上近づいたら勝手に結界魔法が発動しちゃうんです」

「……治療して貰ってる分際で文句言うんじゃ無いわよ」

「俺も悪かったけどさ、訳も聞かず即座に治療しないと死ぬよ手傷を負わせた奴が言うなハンネ」

「……ウチも、大切なマリエが襲われてると思って夢中だったのよ」

「成る程、じゃあ仕方ない」

「そこで即理解する辺り、やっぱあんた頭おかしいわ」


 そんな悪口、今更ノーダメージですよ。

 世の中の罵詈雑言はもっと創造を絶するものが多いんです。


「ハンネ、ありがとう!」

「マリエ、ああ……怖かったわね!」


 2人はひしっと抱き合い、互いの友情を……友情なのか百合なのかは知らないけど確認しあっている。


「あの、マリエさん。……回復魔法を継続してくれないと俺、死んじゃうかも」

「あ、すいません」


 両腕と身体はハンネに寄り添ったまま、指1本を俺に向け――回復魔法を飛ばしてきた。

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