第24話

「――くそ、撤退だ!」


 暗闇の中で姿は認識できなかった。だが低く響く指示の声がしたかと思うと、波のように押し寄せていた敵が引いていった。

 敵の殿をしっかりと叩きつつも、深追いはしない。


「――よし、我々も帰還するぞ!」


 馬に跨がり、立派な鎧を身に着けた騎士が言って、やっと戦が終わったのだと実感した。

 既に空は明け方を示す赤らんだ色に染まっている。


「……暁色か」


 自らの名前にも重なる美しい空と、ほの暗く血の漂う大地のグラデーション。


「いてぇ……。早く、早く聖女様に……っ」

「俺もだ……っ」


 屈強な左官達や、王都から派兵された正規兵も傷だらけだ。

 血だらけになりながら、マリエの救い、治癒魔法を求めていた。


「マリエは凄いな。個々の人達に、心から信頼されてる。顧客の心をがっちり、お得意様ゲットだ」


 本当に凄い事だと思う。


「――俺も負けてられないな。自分の役割を果たそう」


 疲れる身体を引きずり、俺は太陽の目覚めとともに城壁修理を再開した。


「……思えば、ずっと割り当てられた部屋に帰れていない。――マリエにも、ずっと会えていないな」


 少しだけ寂しい気持ちがある。

 マリエの儚げな笑みや、ミステリアスで艶やかな銀髪には、それだけで癒やしの力がある。

 その姿を見るだけでどこからか力が湧いてくるような……。


「……いや、早く安全な王都に帰るためだ! あと少しだ。マリエも頑張ってる、これまで辛かった彼女の負担を減らす為にも――俺はふんばろう!」


 己を鼓舞し、城壁修理に集中する。

 もう作業終了は目前だ――。


 そうして数日後。


 城壁の修理はつつがなく終了し、大変な課外授業体験をした俺達は――ウェルテクス王国練兵学園へと戻ることになった。


「――……ただいま」

「あ、お帰り暁! 無事に帰ってこれて何よりだよ!」


 魔神軍と戦っている戦場も在れば、普段通り授業に勤しんでいる教室もある。

 俺達が教室に帰り戸を開くと、赤眼鏡をかけたスーツ姿のカーラが教鞭をとっていた。


「……この姿が、無事に見えるのか?」

「何言ってるんだい君は。ケガの1つも無いじゃあないか?」


 俺はあからさまに深い溜息を1つしてから――戸から横に逸れる。

 後ろの子が見えるように――。


「え……。何、そのロリッ子? 暁、もしかして誘拐? 犯罪しちゃったの?」


 俺の数m後ろに隠れていた小学校高学年ぐらいの見た目をした幼女を目にして、カーラは疑惑の眼差しを向けてきた。


「ちげぇよ。……このロリッ子は――マリエだよ」


 数秒の沈黙、その後『うぇえええええッ!?』という驚愕の声が教室から廊下に響き渡った。


「ちょ、どういうこと!? なんで、本当に!?」


 狼狽えるカーラを尻目に――恐らくマリエを心配した生徒が席を立ち押し寄せる。


「――いや、いや……っ」


 男性生徒が群衆の中にいるのを確認すると――。


結界プロテゴ超重力グラビティ!」


 幼女姿のマリエが魔法を発動――結界が展開され、結界内に入った男は全員外に叩き出された。痺れたうえに、重力魔法で体重を何倍にもされて。


「マリエっ!? どうしちゃったの!?」

「ハンネ……。怖い、大人の男の人、怖いの! ゴキブリにしか見えない!」

「よしよし……」


 幼女姿のマリエがひしっとハンネに抱きつく姿は、可愛いなぁ。尊い。


「……ねぇ、ボクの眼で鑑定するとさ……。マリエのステータスとか〈ギフテック〉が文字化けしてるんだけど。なんか、天啓レベルもバグってるのか数字すら読めないし……。課外授業前はしっかり45って見えたのに」


 それ、正規兵の40より高いじゃん。

 こいつ、それなのに足りないとか言い出して危険な課外授業に行かせるとか……。

 その結果がこの有様なのに。


「……まぁ、なんていうかさ」


 腹一杯に息を吸い――俺はカーラに、大声で一言もの申す!


「――全部、お前のせいだかんな!」


 重力に屈し床に向かって――思いっきりカーラへの文句を叫んだ。

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