第20話

「――……なあ、マリエ」


 彼女は既に、俺が見ているだけでも数10分間、フレイア様を象ったであろう神像に向けて熱心に祈りを捧げている。業を煮やした俺が声をかけ、やっと気付いてくれた。


「――あ、暁さん。どうしました? 教会に足を運ばれるなんて」

「祈りを邪魔して御免な。ちょっと気になる事があって……」


 修練でかいた汗など、とうに乾いてしまった。

 懸命に祈りを捧げるその姿に――邪魔になるとは思いつつも、思わず声をかけてしまったんだ。


「なんでマリエはさ、それ程までにフレイア様への信仰心が厚いのか気になって」

「私の信仰理由……ですか?」

「ああ、プリーストってのは神に仕える者なんだろうけど……それにしてもマリエは、他のプリーストよりも信仰熱心だなと思って。なんか特別な理由でもあんのかなってさ」

「そうですね……」


 マリエは難しい表情を浮かべながら、顎に手を当ててチラチラとこちらを見てくる。それは信仰の理由を思い出しているというよりは、俺に話すべきかどうかを考えている様に見えた。

 やがて柔和な笑顔に変わると――。


「お話しても、いいですよね。暁さんは救世主様ですし。……実は私、戦災孤児だったんです」

「え」


 それは現代の平和な日本に生きていた俺からすると、ニュースなどでしか耳にしない言葉だ。

 人類滅亡まで一歩手前と言われるこの世界では珍しくもないのかもしれないが――俺は受け入れるのに一瞬時間がかかってしまった。


「私は魔神軍に占領された村近くの修道院で育てていただきましたが……元々、そこまで信仰熱心だった訳ではないんです。……だって、本当に神様がいるのなら、なんで私のお母さんやお父さんは救ってくれなかったんだろうって。不敬にも、そう考えてしまって……。お祈りは日々の食事を大人から貰うため、仕方なくやらされているという感じだったんです」

「成る程ね……」


 凄く重いんですが。

 思っていた10倍ぐらい重いんで、もう話を切り上げて良いかな。


「――でも、私は暮らしていた修道院で新しく家族ができました。今、同じ学び舎にいるハンネもその1人なんです。……しかし、魔神軍の侵略は、やがて私の新たな家族が住む地にも及びました」

「……」


 何だろう、一言だけ良いですか。

 ――カーラ、お前もっと仕事しろよ。早くちゃんとした戦士を派剣しとけよ。

 急募の求人が出てんじゃん。


「戦火に焼かれる村、切り裂かれる人々。――暮らしていた教会が焼かれていく中、私は初めて心から祈ったんです。『どうか、私の家族をもう奪わないでください。フレイア様、どうかお救いを。私の大切な家族を助けて下さい』って」

「その願いは……届いたの?」

「――そうなんです!」

「うおっ!?」


 急に興奮しながら手を握られると、なんだか驚きが先にくる。

 いや、マリエのように銀髪ミステリアス美女に手なんて握られたら普通はドキドキするんだろうけどさ。女性を感じてするドキドキじゃないわ。

 怖いのドキドキが勝ったわ。


「私が願ってから、数秒後の事でした。――空から巨大な声が響くと同時に、炎が次々と降ってきて、魔神軍を駆逐していったんです。――誰も魔法使いなんていない村で、ですよ!?」

「……ちなみに、声ってどんな声だった?」

「天から『かめはめ』なんとかと響く声でした!――これをフレイア様の奇跡と、神のお声と言わずしてなんと言いましょうか!?」

「――か、かめはめ……」

「そうです!……あの時、私は確かに神の波動を、御力を感じました。それからです。私は敬虔なプリーストとして、人々を護れるように修練を積むようになったんです。おかげ様で、今では学年主席などという身に余る成果を得ることが出来ました。……私は、私を助けてくださったフレイア様の奇跡に――お応えしなければなりません。その為にも、日々の修練と祈りは不可欠なのです」

「――成る程、凄く立派な理由だね。……じゃあ、今度の課外授業もよろしくね」

「はい! こちらこそ、よろしく御願いします」


 優雅に一礼してから、再び神像へ向かって祈りを捧げ出すマリエさんに背を向け――俺は教会を後にした。


 全力疾走でだ。――だってさ、いたたまれないじゃん?

 ごめんね、その奇跡って多分――偶々メッセージを見た管理代行、カーラの気まぐれだ。

 しかも、1クリックでちょちょいとやったようなもんだ――。


「――っていうことがさっきあったんだけどよぁ、カーラぁ。……正直に言え。お前、日本語の勉強がてら見てた――アニメ映画に影響されてやったろ?」


 職員用の寮に行ってカーラを呼び出し、先程のマリエとのやり取りを話すと――目に見えて動揺し始めやがった。目が泳ぎまくってやがる。

 この野郎……。野郎じゃ無いけど、この野郎。乙女の純情を……。

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