ヴァルハラからの派遣社員は異世界でも働きます!

長久

第1話

「――ん……? なんだ、あれ……」


 高さもあつさもとぼしく、申し訳程度もつしわけていどに個室を作ろうと区切られたパーテーションの外に何か――複数の人が動いているのが見える。

 自分の目を疑い、思わず何度見かしてしまう。

 そうせずにはいられない、目を疑う光景だ。

 パーテンション同士の隙間すきまから――スーツに身をまとった乙女達が執務机しつむづくえとディスプレイに向かい業務をしている姿が見える。

 勿論もちろん、それだけなら大して驚かない。

 驚くのは――翼だ。

 彼女達の背には、天使のような翼が生えていた。


「……天使?」


 しかもそんな容貌ようぼうをした彼女達が書類を手に走り回ったり、インカムで話しかけながらテキパキと業務をこなしている。

 どう考えても、ここはオフィスだ。かなり特殊な制服だが、真剣に業務にいそしんでいるし。


「ここは……? え、もしかして――営業中に居眠りをしてしまったのか?」


 さっと血の気が引く。

 俺はどこかの会社の応接用スペースにいるらしい。

 居眠りなど許されない。


「パイプイス?……いつものオフィスと違う。……俺、どこかへ営業に来たんだっけ?……飛び込み?」


 応接室ではなく、オフィスの一角にあるパーテンションに通されているという事は、アポイントメントを取ったわけでもないはずだ。

 飛び込み営業で急遽きゅうきょ、話を聞いてくれるという滅多にないチャンスなのだろう。

 お相手も忙しい中で急に場所と時間を確保してくれたんだ。

 誰よりも『真剣かつ必死にあらねば失礼だ』と、姿勢を正すため身を起こすと――。


「――ああ、もう来てたの? ごめんごめん遅れちゃったよ」


 俺がいるパーテーションで仕切られたスペース内へ、翼を生やした1人の女性が入ってきた。

 金髪碧眼きんぱつへきがん、モデルのようにスラリと伸びた肢体したいで、パンツスーツを着こなしている。

 そこに純白の翼だ。

 あまりの美しさに思わず見とれてしまったが、直ぐに業務モードへと脳を切り替える。


「……え? あ、失礼しました。本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。私は不破暁ふわあかつきと申しま――」


 営業職を続けるうちに染みついた呪いかも知れない。

 脊髄反射せきずいはんささゃのように立ち上がり、笑みを浮かべて名刺交換をしようとスーツの胸ポケットへ手を伸ばすが――。


「――ぷ……っ。何してるの? 君、もう死んだんだよ? ボクに名乗りなんていらないって」

「死……。はは、また何をおっしゃい――俺の身体、けすぎぃ!?」


 手振りで突っ込みを入れようとすると――スーツの下にある自分の手が透過とうかして先が見えた!

 嘘、何これ!?


「そう、勇敢ゆうかんに戦い死んだ――戦士にして剣士。……戦士にしては細っこいけど、あんたは相当な強者だったみたいだね。履歴書に『沢山の人を抹殺まっさつし、殺人者に仕立て上げた』って書いてあったわ。――どっっこいしょっと。……はあ、しんどい。特に朝は身体重いわぁ……。出社しただけでもボクを褒めて欲しいぐらいだよ」


 女性はどかりと音をたてながらパイプイスに座り、行儀悪く脚を組み、机に片肘を突いた。

 ……この人、無礼な人だなぁ。

 第一印象が大事だって研修で習わなかったのか。いや、それよりも――。


「……戦士、剣士? ていやいや、何それ!――っつか俺、本当に死んだのか!?」

「そう、君は勇敢に戦い、死んだんだよ。ここは『ヴァルハラ』。勇敢に戦った戦士や剣士の魂のみが入ることを許される天上の地。――そして更なる強さと戦場を求める罪深い殺人者の皆さんを、お望み通り再び戦地へと派遣する『人材派剣会社じんざいはけんがいしゃヴァルハラ』だよ!」

「――……人材、派剣会社?」

「そう、派遣と剣をかけたらしいよ。……まあ、会社名は主神の趣味だからね。ちょっとボクとは感性も違うし、よく解らないけど。そして、ボクは派剣エージェント戦乙女のカーラ。貴方の担当エージェントだよ。さて、あなたの派剣先だけど――」

「待て待て!」


 面倒くさそうにカーラが溜息をついた。

 ……なんだろう、この人の態度には凄く腹が立つ。

 美人だから何をしても許されるって思ってそうだからか?

 いや――人生を舐めてそうだからだな。

 あと、人の話を聞く姿勢が出来てないからだ!


「何だい?――あ、報酬が知りたいのか。そんな焦らなくても、順番に教えるって。最大報酬はね、労働がなくホワイトに暮らせる『天界』に住む権利が与えられるんだよ。でもねぇ、そこに行き着くにはかなり――」

「そうじゃあなくてっ!――俺は戦士でも剣士でも、殺人者でもない!」


 一瞬、カーラとか名乗った目の前の戦乙女がビシリと固まる。


 ――だが、『ああ、はいはい』と言いながら苦笑した。


「君、殺人者としての自分の経歴を恥じているタイプだね?……うん。いるね、そういう人も。でもね、いいんだよ。ヴァルハラは戦士の集い、かえって――」

「いや、本当に。俺は人なんて殺したこともないし、戦争した事もないって」

「……え? マジで?」

「マジで」

「……魂の履歴」


 カーラは一言だけ言葉を発すると、履歴書のような紙が彼女の手に現れた。


「……ほら、職業欄に『企業戦士きぎょうせんし』って」

「『企業戦士』は兵士でも殺人者でもない。カーラさんのように企業で懸命けんめいに働き利益をあげる人の事だ」

「え」

「え?」

「……『数多あまた同業他社どうぎょうたしゃの人々を打ち倒し、社会的に抹殺した』って……」

「それさ、経済戦争けいざいせんそうでうちの会社に負けた社員が倒産で職を失い、路頭ろもうに迷ったって事だろ?」

「……職務経歴に、『営業職として沢山の人をあやめる人にした』って」

「え、嘘? ちょっと見せてもらっていい?」

「うん、ほら、ここ」

「……これ、『なやめる人』って書いてあるじゃん」

「は?」

「……もしかして、日本語よく解らないのか?」


 履歴書を持っていたカーラの手が次第に揺れていき――瞳から涙がぶわっとあふれた。


「やばいやばいやばいって! 人も殺したことない最弱の魂を持って来ちゃったよ! こんな超特大アクシデントが上にバレちゃったら、ボクまた出世から遠のく事になるよッ! ねぇ、ボクどうしたらいい!?」

「いや、そんな事を部外者の俺に言われても――うおっ!?」


 机を挟んで身を乗り出し、カーラが俺の肩をガッと掴んで揺する。

 机がガタガタと音を鳴らして悲鳴をあげていた。

 前のめりになった谷間が気になるのは許して!

 まだギリギリ10代で可愛い思春期な俺の理性も悲鳴をあげてるの!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る