魔女、地下神殿に向かう

 メリル達の目的地である地下神殿は、王都の外れにあった。

 遺跡と言ってもよいその古い神殿は旧時代に作られたものだが、固い岩盤をくりぬいて作られたそれにどんな技術が用いられたかは、今もって明らかにされていない。

 現在では、この地下神殿は一般公開されず、聖女選定の儀や非公開の神事の際に使われるのみとなっていた。

 神殿自体は考古学的な観点で重要なものだが、金銭的に価値のあるものが保管されているわけでもないため、見張り自体はさほど厳重ではない。

 特に、夜間は人もほとんどおらず、警備のための兵が入り口に数名配置されているだけだった。

 入り口にいる衛兵二人があくびをしている隙に、二人の意識をロウガは音もなく刈り取った。


「衛兵の交代は五時間後だ。こいつらが目を覚まさなきゃ問題ねえよ。眠らせとけ」

「わかったわ」


 メリルは、デュークに使ったのと同じ眠り香を使った。これで朝まで彼らが起きることはない。

 深いフードを目深にかぶった二人は、地下神殿に足を踏み入れた。

 メリルは、石造りの床を音を立てないように歩きながら、スキルで見た本来あるべきだったストーリーを思い出す。


 ゲームの中で聖女選定の儀は、通路の正面にある階段の先、地下三階にある選定の間で行われていた。選定を受ける聖女候補全員が祭壇に祈りを捧げると、聖女にふさわしい者一人にのみ光が舞い降り、聖女の力が授けられるのだ。選ばれる基準は、潜在的な聖力の強さだとされていた。そして、光が舞い降りたのはヒロインのマリアだった。

 けれど、聖女の力を得られなかったクローディアはこれに腹を立て、選定の間を飛び出すと、禁止区域となっていた場所へ入り込む。そこで偶然仕掛け起動させてしまい、隠し祭壇へと入り込み、魅了のアーティファクトであるイヤリングを手に入れるのだ。

 後日、クローディアの魅了により王国に危機が訪れた時、隠し祭壇には対になる祭壇がもう一つあり、そこは解呪のアーティファクトであるペンダントが収められていることが判明する。ヒロインと攻略対象がその隠し祭壇に向かうと、そこには、古代種の狂暴な魔獣がいて、彼らの行く手を阻むのだ。

 そして、必ず第三王子は死んでしまう。ヒロインがパートナーに選んだ攻略対象が第三王子だった時だけでなく、他の攻略対象をパートナーに選んだときでも、第三王子はこの場に現れ、魔獣に殺されてしまうのだ。


(第三王子は相手役の一人にあげられているのに、彼のルートにはバッドエンドしかない。それどころか誰を選んでもストーリーの関係上魔獣に殺されてしまう)


 なぜならば、この祭壇の間を守る魔獣こそが、十年前、幼いデュークを傷つけた古代種の魔獣テキーラなのだから。


 メリルは予言の中で見た、魔獣の牙に倒れるデュークの姿を思い出して眉を寄せた。

 何か方法がないか、何度も考えた。

 正直に話すか、何度も迷った。


 しかし、正直に話したら、きっとデュークは自分でここに来る選択をするだろう。魔獣、それも古代種という脅威への対応を部下に丸投げするような男ではないのは、短い付き合いでもよく分かっていた。

 予言の中の第三王子は、きちんとした治療を受けていて、魔獣の刻印の影響はほとんどなかった。それでも魔獣に少し傷を受けただけで、激しい痛みに襲われ、体の自由を奪われていた。そして、活性化した刻印の匂いにつられ魔獣は狂暴化し、第三王子をずたずたに引き裂いて喰らった。

 予言と違い、デュークは魔獣の刻印の治療を受けていないのだ。別の魔獣のちょっとした傷でさえ、激しい発作を起こすほどだった。あれだけ広がった刻印だ。もしかしたら宿主の魔獣に近づくだけで刻印が活性化するかもしれない。

 逆に、デューク以外の隊員だけでここに来たとして、精鋭の近衛達でさえ捕らえられなかった魔獣を倒しアーティファクトを手に入れられるだろうか? 簡単な事ではない。きっと多くの被害を出すだろう。それはメリルがいやだった。デュークだけではなく、メリルは彼ら全員に無事でいて欲しかった。


 要はデュークも、隊員達もこの場所を訪れずに、解呪のアーティファクトが手に入ればいいのだ。

 メリルは暗殺者ロウガと契約をするという選択を取った。

 デュークは怒るだろう。

 予言の内容を隠し、追いかけて来たデュークを攻撃し、眠らせて路地に置き去りにしたのだ。

 メリルはデュークの信頼を失くすだろう。

 けれど、それでいいと思った。


(デュークが助かれば、それでいい)


「第三王子が、魔獣の刻印持ちってえのは有名な話だ。王子を襲った魔獣は古代種って話だったな。で、予言の魔女様は、王子がここで死ぬのでも見たんだろうさ。過保護なこった」

「――もう、契約したわ」

「ああ、契約は守るさ。ちっ、気に食わねえなあ」

「契約に関係ないでしょ。自信がないの?」

「話すり替えんなよ。理由が気に食わねえって言ってるんだよ」

「……」


 ロウガの好意に気が付かないわけではない。ロウガのセリフが、ヒロインへの好意パラメーターが上がった時のヤンデレ暗殺者のセリフだというのも知っていた。

 何がどう転んだのかさっぱり分からないが、フラグだけはしっかり立ってしまったようだ。

 でも、メリルがこのフラグを回収することはない。

 契約と利害だけの関係と割り切って暗殺者に協力を求めたが、好意が混じってしまったのは、メリルの想定外だった。

 デュークのためとはいえ、好意を利用することだけはしたくなかった。

 その芽が小さいうちにはっきりさせておきたい。

 ロウガが間違った判断をしないように。


「ロウガ、一応言っておく。もしもの場合は私を置いて逃げて。契約には依頼者の命を守ることは入ってないから。ただ、その場合は、デュークには、私は隠し祭壇の財宝が欲しくて先走って自業自得の目にあったっていう風に伝えて欲しいの」

「お前、むかつく」

「ごめん、ロウガの実力を信用していない訳じゃない」

「そういう意味じゃねえ」

「命を粗末にしようと思ってるわけでもないよ。ただ、何があっても私の判断だってだけ」


 苦笑しながらそう言っておく。

 これできっと大丈夫だろう。冷徹に仕事をこなす暗殺者なら、咄嗟の判断でメリルへの好意が邪魔をすることはないだろう。後で罪悪感に苛まれることもないだろう。

 ロウガは、渋い顔をしてメリルを見ていたが、頭をガシガシとかいて息をついた。


「あー、もういい。まあ、とりあえず、お前の心配は現実にはなんねえってことだけ言っておく」

「?」

「これが何だかわかるか?」


 にやりと笑いながらロウガはメリルの前に手をかざし、その手を翻した。すると、そこには黒光りする数本の太い針が現れていた。

 メリルは驚きに目を瞠る。


「デウスの毒針だ」


 ロウガのその言葉に、ぶわっと胸の内に歓喜が押し寄せる。

 デウスの毒針――それはメリルの知る限り魔獣テキーラを倒せるとされている唯一の手段だった。

 テキーラの伝説はあちこちに残っている。

 たいていは比する者のないほどの強さに関する逸話なのだが、いくつか、過去に人間に倒されたというものがある。

 それが、毒の魔獣デウスの毒針に関するものだった。

 テキーラの動きを止め、倒すことのできる唯一の毒。

 でも、テキーラ同様、魔獣デウス自体、既に書物でしかみることのできない古代種だったので、それを手に入れようとすること自体考えもしなかった。 

 メリルは泣きそうになって思わず下を向いた。


「ふ、ふっ」

「おい、泣くなよ」


 慌てて声をかけるロウガにメリルは、ばっと顔をあげた。


「泣くですって!? だあっれが! さすが、ヤンデレでヒロインだけに一途で、扱いづらいけど、その技術と裏社会での顔の広さは超一流の隠れファンが多い暗殺者ねっ。ただめんどくさいだけの男かとばっかり思ってたけど私あなたのこと見直したわっ。ロウガ、あなた最高だわ!」

「ヤン、ヒロ? おい、意味わかんねーけど、けなしてんのだけは分かるぞ、こんのくそ魔女っ。さっきまでのしおらしいのどこ行きやがった」

「はあ!? しおらしいなんて言葉、魔女メリルの辞書にはないわよっ。見間違いじゃない!? 待ってなさい、魔獣テキーラ! 今日がお前の命日よ」

「それ俺のセリフだろ……ちっ、匂いでバレバレなのに」

「何か言ったかしら?」

「ああ、べつにい。まあ、元気になったんならいいんじゃねえの」

 


 その後、メリルとロウガは二人でお互いの得意魔法と連携を確認しておく。


「俺一人でもできるが、念のため、あんたにできることを聞いておく」

「私は風と大地の魔法が得意よ。風は、攻撃より盾の方が得意。人間サイズなら、支えたり、シールドをはったりできるわ。大地は形状変化、強度は鉄レベルまでいけるわ。ただ、少し発動時間がかかる。地面に押さえつけてくれれば、足止めはできると思う。私の魔力量はそれなりにあるし、宝石ももっているから、持続性もあるわ」

「魔獣を眠らせられるか?」

「無理だわ。さっきの眠り香は、人間向けの薬なの」

「まあ、ドンパチやりすぎたら周りに気づかれるから、短期決戦だな。テキーラの急所は首の後ろ側。固いうろこがあるが、そこをはぐためのミスリルの武器を手に入れてある。まずは床に引き倒してあんたの魔法で動きを止めてみるか。上手くいけば首の後ろをはいでそこに毒針をぶち込む。動きを止められないようなら俺が一人でやるから、あんたは脇で身を守って見てろ。魔法は身を護る以外は俺の指示でだけ打て。邪魔になるからな」

「わかったわ」

「じゃあ行くぞ」

「ええ」


 メリルは、たのもしい暗殺者の背中を追いかけて、決戦の場へと向かう。

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