5、いきなりハードモードなレベリング

ほわんほわんとプライドが立ち去った後もしばらく動けない状態が続いた。

なにかされたわけでもないのに魅了魔法にでも掛けられた気分である。

そもそもプライドは武道派なキャラクターなので、魅了魔法なんか一切使用しないのだけれど……。

マゾヒストが喜ぶような泣き黒子の悪女ビジュアル、毎回ボロカスのように使い捨てられる設定、凛々しく悪役に似合うようなボイス。

全部好き過ぎる!


『ハートソウル』は自由度が高すぎる自由分岐型ロールプレイングゲームとして発表されて、それはもう大人気シリーズになったわけだ。

ライターは、過去にギャルゲーやホラーゲームなどを手掛けた桜祭という人物である。

自由分岐型を名乗る通り、とにかく自由に分岐するのでそのやり込み要素はRPGの中で世界最高と揶揄されるほどに大ブレイクを果たした。

ゲームオーバーの概念は存在せず、必ず何かしらのエンディングに到達するのだ。

普通にプレイすれば負けるはずがないチュートリアルの戦闘を、ずっとガードし続けてわざと敗北してエンディングなんて意味がわからないほどに作り込まれていた。

大体そういったネタエンディングはバッドエンドになるのだが……。

画期的過ぎると当時からシナリオ派のゲーマーも、やり込み派のゲーマーも絶賛したポイントである。


そんな自由分岐型ロールプレイングゲームにおいて、プライド・サーシャ攻略ルート実装はついぞないということでメディア展開は終了した。

海外の解析でも、お手上げというザマである。


「はぁ……。なんでこんなに虚しいのか……」


当然の如く、主人公の幼馴染でパーティーメンバーの1人であるカスミは攻略ルートがある。

主人公側というだけで無条件でルートがあるというのに……。

プライドが主人公側に寝返るルートも当然の如くない。

無いこと尽くしである。


「おっと……。別にプライドに会いに来たわけじゃなくてレベリングに来たんだった……」


初期装備の最弱武器である木刀を握り、アーク村の入り口に向かう。


「っ!?」


しかし、そこで重要なことに気付く。


「あ!プライドがアークの森を通って帰るならもう少し一緒にいれたじゃねーか!どうせ俺もアークの森に用事があるのにっ!しくったぁぁぁ!やらかしたぁぁぁぁ!あと10分くらいはおしゃべり出来たかもしれないのにぃぃ!」


大後悔が大津波のように押し寄せてくる。

まるで、世界の終わりのような哀しみに包まれる。

プライドの魅了に仰け反った俺が悪い……。


「はぁ……」と肩を下ろすが、本編が始まったらまた会おうと気合いを入れ直す。


「待ってろぉ!プライドーっ!俺が絶対にプライドを追っかけるからぁぁぁぁぁぁ!」


もう既にアークの森の奥に行き聞こえてないだろうが、そんなことを森に大声で山彦をする時のように宣言した。


「よし、レベリング開始!」


木刀を握りながら、俺はアークの森へと踏み入れた。

小さい身体の俺には、圧倒的にこの森が広く感じた。

BGMなんてものもなく、虚しく虫の鳴き声のような鳴り響く森の中。

何かモンスターが居ないかとキョロキョロ見渡す。

モンスターがないなら宝箱でも良い。

探しものなどないのに、探しものをする感覚で探索して5分ほど奥に進む。

そこでようやくモンスターが現れたのだ。


『ガルッ!ガルルルッ!』

「おっ?ガルガルじゃん」


犬型モンスターである野生のガルガルが現れた。

紅い血のように飢えた目と、伸びた爪、キレイ……とは言えないボサボサの体毛。

推奨レベル2のモンスターだ。


『ガルッ!』

「──っ!?」


ガルガルが俺を見かけると、飛びかかるように襲いかかる。

…………のだが、遅い。

ペタペタと前世の犬の歩くスピードでこちらに向かってくるので、10メートルも離れていると迫力はそんなにない。


「…………ていっ!」

『キャン!?』


木刀で頭を叩き付けると情けない鳴き声を放ってから灰のように溶けていく。

呆気ないモンスター討伐が終わった。


「換金アイテム、ガルガルの牙ゲット。それに金もばら蒔かれたな……」


1ゴールドという、前世の1円ぐらいの価値になる金額もどうやらゲット出来た。

持ち物についてだが、ユキの記憶では父親が昔使っていたというお古のリュックを持ってきていた。

何を隠そう、『ハートソウル』の主人公のユキが使っている愛用リュックである。

ゲームのシステム上、アイテムが無限に入るリュックなのだが、果たしてどんな原理なのかは全然わからない。

ポーション99個の束が99列とかも普通に入るオーパーツ的なリュックだ。

持ってみても、底を触っても普通のリュックである。

無限収納が再現されているのかはわからないが、とにかく何も考えずにガルガルの牙をし舞い込んだ。


「メニュー」


この世界では『メニュー画面』を見たいと思いながら、『メニュー』と口にすると目の前に現れる仕組みである。

そんな世界観である。

人によっては他人のステータス画面を見る特性があったりするらしいのだが、残念ながら主人公のユキにも、パーティーメンバーにもそんな特殊な人物はいないのだが……。


このメニュー画面で、ステータス画面を開き、このゲームの醍醐味であるキャラクターの成長チャートを組むことが出来る。

ユキであれば、長所を伸ばす補助スタイルやヒーラースタイル、無理矢理アタッカースタイルにしたり可愛さで魅了するエチエチショタスタイルなどこちらも自由度が高い。


「うーん。流石にセーブとロード機能はないか……」


現れたメニュー画面から1番大事な2つの項目を真っ先に探したが、残念ながら空白であった。

ロードがあったら、プライドと出会う前に戻ってもう1回告白をやり直したかったが、残念ながらそこまで都合の良い機能はないようだ。

因みに、今のユキのステータス画面を開いたらレベルが2に上がっていた。

本来であればチュートリアルをこなすと、その経験値で2レベルになるのだが野生のガルガル狩りでも余裕でレベルアップが可能なようだ。


「必要最低限なメニュー画面だな……。まぁ、まだ本編が始まってすらいないからな。レベルアップしたら解放されていくでしょ」


レベル5で解放する成長チャートシステムも、まだ表示されていない。

お楽しみはこれからよ。


「とりあえずバサバサとレベリングするか。いつの間にか群れが出来てるしな……」

『ガルルルルルッ』

『ガウッ!』

『ガルルル!』


10匹程度のガルガルと一気にエンカウントしたようだ。

ゲームの戦闘中は多くても1戦闘で雑魚モンスター4匹までのルールがあるのに、それをいとも簡単に倍以上の数の群れで先ほどの仲間の報復しに来たようだった。

セーブ・ロードなし、モンスターとの集団エンカウントと、思っているよりかなりハードな現実にやって来てしまったようだ。

木刀を構えて、その群れに突っ込んでいく。


『ギャンっ!?』


1匹のガルガルを倒し、消滅していく。

これぐらいならまだまだ余裕だなと額から吹き出る汗を腕で拭った時であった。


『ガルルルルル!』

『ガルルルッ!』

『ガル!』

「ちょ、ちょっとぉ!?嘘だろぉ!?」


もう20匹以上の群れも合流してきた。

モンスターじゃない動物の犬と同じで情にあつい種族なのかもしれない。

そんなところまで網羅なんかしているわけがない。


「や、やるしかないのかよ!」


どうやってプライドがこの森を抜けたのか純粋な疑問が沸き上がる中、木刀をがむしゃらに振り続けた。

チュートリアルなしで戦闘なんかするもんじゃないと悟る。

1匹1匹が雑魚でも、束になると無駄に連携攻撃をしてきて体当たりとか、噛み付かれたりと地道にダメージを受けていく。





──転生から2日目。

俺はいきなり地獄のようなガルガルの群れを殲滅することになった。

終わった頃にはガルガルの牙とゴールドが辺りに散らばった真ん中で力を失い、地面に倒れるのであった。

プライドと会ったロマンスなんか忘れてしまいそうなほどに熾烈な戦いを生き抜いたのである。

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