31.悪い人?

 拓真が働いている店の、売れ残りだというケーキを持ってきてくれた。

 二つしかなかったので遠慮するも、俺はいいからと勧められ、ミジュと二人で食べる。

 甘いケーキは、ルリカの気持ちを少し落ち着かせてくれた。


「それで……なにがあったんですか、ルリカさん」

「んな大きな荷物抱えて、家出でもしたのか?」


 拓真の視線の先には、着替えの入った大きな荷物。これは帰省用のバッグで、家出用ではないつもりだった。


「実は……一日早く実家から戻ってきたらね。テッペイが、元カノを家に連れ込んでた」


 ルリカがそう言うと、二人はアチャーという顔をしている。


「鉄平さんの言い分は?」

「元カノがお金に困って、助けを求めてきてただけだって。テッペイは、彼女を助けてあげたいって。私のお金で」


 少し脚色はしたが、要はそういうことだ。

 ルリカの説明に、ミジュと拓真は顔を見合わせて唸っている。


「それで、ちょっと考えさせてって出てきちゃった」


 ルリカが付け足すと、ミジュはぷんすかと怒り始めた。


「うーん……ちょっと緑川さん、勝手すぎるよね。第一、ルリカさんがいるにも関わらず女の子を連れ込むなんて、最低!」

「待てよ、ミジュ。俺も最初聞いた時は、やっちまった現場にでも踏み込んだのかと思ったけど、なんにもしてねーっぽいし」

「してなくても! 自分がいない間に女の子を連れ込まれるのは、嫌なものなの!」


 ミジュが強い語気で言うと、拓真は「気にし過ぎじゃね?」と首を捻らせている。この男ももしかすると鈍感系かもしれない。


「あの、ルリカさん、怒らないで聞いてくださいね」


 改まった口調で、ルリカに目を向けてくるミジュ。

 なにを言われるのだろうかと少し怖さを感じつつも、こくんとうなずいた。


「私、ルリカさんが連載している『ダメクズ』、全部読んでます」


 予想外の発言に、心の中でヒエーと叫びながらも「ありがと」と呟く。ダメクズを知り合いに全部読まれているとか、冷や汗ものだ。


「ダメクズ? なんだそれ」

「ルリカさんが描いてる漫画エッセイ。『ネットでダメ男は、リアルもクズ男でした』っていう題名で、ルリカさんが主役の緑川さんとのお話なの」

「へー」


 へーと言いつつ、拓真はどうでもよさそうだった。恋愛に興味がないか、それとも漫画に興味がないかのどちらかだろう。


「私、そのダメクズを読んでて思ったんですけど……そもそもルリカさんと緑川さんって、付き合ってるんですか?」

「……え?」


 その質問を理解するのに、ルリカは数秒を要した。

 キスして、エッチして、一緒に暮して……

 ルリカとしては、もうとっくに付き合っているものと思っていたのだ。


「緑川さんの本当の気持ちを聞いたことあります? 付き合おうとか、言われてないですよね? 好きって言葉も、本気が伝わってこないんですよね?」

「おい、ミジュ」

「私も、緑川さんに軽い感じで好きとか言われたことありますよ」

「おいっ」

「ルリカさん、緑川さんにとって、都合の良い女になってないですか? 緑川さんと将来の話を、少しでもしたことあります?!」

「やめろって!」


 ヒートアップするミジュに、止める拓真。二人がハッとして、ルリカを見ている。

 気が付くと、いつの間にか目からぽたぽた涙が溢れ出ていた。

 ミジュの言う通りだ。ルリカはテッペイと、一度だって将来の話をしたことがない。


「ほ、ほんと……ミジュちゃんの……言う通りだね……うっ……」

「る、ルリカさん」


 グズ、と鼻をすすり上げる。みっともなくて泣き止みたいのに、涙は一つも止まってくれない。


「わ、私……本当は、わかって、たの……テッペイは……っ、私じゃなくても、誰だっていいんだって……っ私は、都合のいい女なんだって……っ」


 言いながら、どんどん納得してしまう。

 自分でもわかっていたことだ。しかしいざ人から突きつけられると『やっぱり』という正解を与えられた気分になって、悲しみが止まらない。


「テッペイは、私のことなんか……わぁああああああああ!!」

「ルリカさん……」


 涙は止まるどころか次々に溢れ出てきてしまった。

 二人に迷惑だと思いながらも、テーブルに伏せって大泣きしてしまう。

 思い上がっていたのだ。テッペイを独占しているのは、今自分だけなのだと。

 彼女にすら、なっていなかったというのに。吹けば飛ぶような関係でしか、なかったというのに。


「うう、ふえぇぇええっ」


 喉から勝手に嗚咽が漏れ出るルリカを、ミジュはそっと覗き込んでくる。


「ルリカさん、もう緑川さんと縁を切るチャンスじゃないですか? ルリカさんならもっといい人が……」

「ミジュ」

「だって、拓真くん……」

「そんなに鉄平さんを悪者にすんなよ」


 ふえ、ふえと情けない声を上げていると、少しおさまった頃に拓真が再び口を開いた。


「あのな、鉄平さんは悪い人じゃないぞ」

「えー……どこが?」


 ミジュのツッコミが聞こえた。彼女はテッペイを心底苦手としているのだとわかる。


「あの人なー、考えなしなんだよ。なんも考えてねぇ。マジで」


 拓真の言葉に、ルリカは泣きながらクスっと笑い、頭を持ち上げた。

 その通りだ、テッペイはなにも考えていない。マジで。


「でもって、自分の気持ちに正直すぎるだけなんだよな。だから、そこは鉄平さんを信じてもいい」


 自分の気持ちに正直すぎるダメ男、テッペイ。

 そう言われるとそうだ。思えば、今まで嘘をつかれたことはない気がする。

 ルールを破ることはしょっちゅうでも、自分の思い通りに素直に行動している結果だ。本能で行動していると言い換えることもできる素直さだが。


 テッペイはお世辞を言うこともおべっかを使うこともしない。

 思ったことは全てを口に出す。行動に出る。なにも考えていないから。

 歯に絹着せぬ物言いがどこか心地いいのは、そういう理由からかもしれない。


 そしてそんなテッペイが、ルリカは好きなのだ。


 ミジュの言う通り、テッペイと将来について話してみてもいいかもしれない。

 今までは、ルリカの方が怖かったのだ。

 テッペイのようないい加減な男では、未来が描けなくて。こんな男と一緒になって、幸せになれるかもわからなくて。

 その話題を避けていたのは、ルリカの方。


「ぐす……ありがとう、二人とも……」

「ルリカさん、帰るなら送ります。泊まりたいならここに泊まって大丈夫ですから」


 ミジュがそう言ってくれて、どうしようか少し迷うも、結局ルリカは泊まらせてもらうことに決めた。

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