覚悟 2
鏡子達は橙の建物に着く。一度深呼吸。
よし。大丈夫。覚悟は出来ている。
閻魔大王は鏡子の様子を見て、何も言わず建物の横の扉を押す。と、鏡子はさっそく泰山王と目が合った。
「っ!」
泰山王は最初会った時と同じように、いや、それ以上に鋭く鏡子を睨む。
「……妻よ」
「!」
閻魔大王に声をかけられ鏡子は泰山王から閻魔大王に視線を移す。
――何があっても自分の味方でいてくれる……そういう人がいると自分に自信が持てるのよ――
刀葉林の言葉を思い出す。
「閻魔大王……ほんのちょっとだけ。ちょっとだけわがままを言ってもいいですか」
「頼みの次はわがままか? まあ、可愛い妻のわがままの一つや二つ……」
「問題ない」と続くであろう言葉を、鏡子は閻魔大王の手を強く握って遮る。
「こうやって強く手を握っていてほしい……です」
「あ、ああ」
一瞬、閻魔大王の戸惑った声が聞こえた。だがその後すぐ、閻魔大王は手を握り返してきた。
鏡子は頬が熱くなるのを感じながら再び泰山王に向き合う。
大丈夫、大丈夫。閻魔大王と一緒なんだもの。何かあっても最初の時みたいに守ってくれる。
鏡子はグッと唇を噛んでからスッと息を吸った。
「私、裁判官を辞めるつもりはないです」
「……」
「私はまだ若輩者です。自分のした決断に責任を持てないことも……多分これからあると思うし。間違った選択をすることもあると思います。それでもこれから一歩ずつですけど、成長していくつもりです。だから見守っていてほしいんです」
泰山王は黙ったままだったが、しばらくすると「それで」と口を開く。
「もしお前が裁判官になるのを認めない、と言ったらどうするんだ」
「……」
鏡子は少し考える。が、意外にも早く答えは出た。
「なんとかして認めさせます」
「……なんとかって」
「なんとかはなんとかです。とにかく何としてでも認めさせます」
鏡子は真っすぐに視線を逸らさず泰山王を見つめる。
「――もう逃げません」
例え剣を突き付けられても。もう逃げない。
これからもここにいるために。
「……」
「……」
「……」
長い沈黙。鏡子も泰山王も、そして閻魔大王も一言も発さなかった。
「ふっ」
ふいに泰山王が笑みをこぼす。
「?」
鏡子がマジマジと泰山王を見つめていると、泰山王は「いいだろう」と呟く。
「お前はお前なりに覚悟を決めたわけか。なるほど。面白い。ならば認めさせてみろ。地獄に必要な裁判官だと」
「っ!」
これは……一応は私のことを認めてくれたんだろうか。
鏡子はパァッと顔を明るくする。そして「はいっ!」と元気よく返事をした。
そんな鏡子とは裏腹に顔を曇らせる人物が一人。
「閻魔大王?」
閻魔大王は子供のようにムスッと頬を膨らませている。鏡子は心当たりがなく首を傾げた。
「どうしたんですか」
「……」
そう声をかけるも閻魔大王は変わらずムスッとしている。かと思えば鏡子の肩をグッと抱き寄せた。
「!!!」
な、何!?
「泰山王。言っておくが彼女は余の妻だ」
「…………。閻魔大王、お前は何を言っているんだ」
「余の妻は魅力的だが惚れるなよ」
「だから何を言ってんだ」
なんだか凄く恥ずかしいことを言われているような気がする。
鏡子は視線を迷わせながら「閻魔大王!」と声を張り上げた。
「その。は、早く帰りましょう!」
これ以上ここにいたら恥ずかしさで死んじゃいそう。……いや、もう死んでいるんだけれども。
そんな鏡子の言葉を閻魔大王は別の意味にとらえたのか、先程の不機嫌はどこへやら。一気に上機嫌になる。
「そうだな。そういうわけだ。泰山王。余の『妻』が帰ると言っているのでな、今日はここで失礼する」
「いちいち『妻』を強調しなくても別に惚れん」
閻魔大王は肩を抱きながら強引に鏡子を扉へと誘導する。
「あの、泰山王。お忙しい所失礼しました」
さすがに一言も挨拶しないわけには行かないだろうと閻魔大王に強引に連れて行かれる中、鏡子はなんとか首だけを後ろに回し、軽く会釈をする。
「ああ。早く行け」
そう言った泰山王は言葉こそぶっきらぼうだったが、わずかに笑っていた。
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