訪問者 4
鏡子はバッチリと化粧をしてもらい、質素な部屋の椅子に座っていた。ふと目の前にティーカップが置かれる。
「さ、どうぞ。あーるぐれいよ」
「……ありがとうございます」
あーるぐれいって紅茶だよね。
地獄では見ることのなかったティーカップを手に取り、鏡子は一息に紅茶を飲み干す。
「美味しい……」
「でしょ? あの人が西洋の神の使者からもらってくるのよ」
泰山王が女性に物を渡しているところが想像できない。
そう思いながら鏡子は刀葉林に目を向ける。
刀葉林も自身に紅茶を入れてから鏡子の向かい側に座った。
「さて、どこまで話したかしら。あ、そうそう。あの人は素直じゃないって話しよね」
刀葉林は目をキラキラとさせながら嬉しそうに鏡子に話しかける。
「あの人、結構鏡子さんのこと気に入っているわよ」
「え……。それはないと思いますけど」
私に何度も刃物を突き立てようとしてきたし。
鏡子は空になったティーカップへ視線を落とした。刀葉林はフッと艶めかしい笑みを浮かべて「おかわり入れるわね」と立ち上がってポットを手に取った。
「本当にね、鏡子さんのこと気に入っているの」と刀葉林は紅茶をカップに注ぎながら口を開く。
「あの人も閻魔大王と同じ。地獄が罰を受ける人たちで溢れかえっているのを嘆いていたから。今の地獄はほんの少しの罪で誠実な人が地獄に落ちてしまう。――だから鏡子さんが来て期待していたんでしょうね」
「……」
「気に入っていて期待していた分、現代の法律も万能でないと分かってちょっとガッカリしちゃったのね」
ちょっとガッカリ……で殺されそうになったのか。
鏡子はカップに紅茶が注がれていくのをジっと見る。刀葉林は紅茶をそそぎ終わるとまた向かいに座る。
「実はあの人、まだ鏡子さんに期待してるのよ」
「え……。そんなに期待されても……困ります」
何度も殺されそうになっているわけだし。
「鏡子さん、天野 正っていう人を有罪にしてしまって落ち込んでいるんでしょう。大丈夫、ちゃんとあの人も分かっているのよ。そこまで自分の判決が正しかったのかと悩んで落ち込める鏡子さんには期待していいって」
「っ!」
似たようなことを最初に閻魔大王に言われた――。
私に迷っていてほしいと。
鏡子は動揺を抑えようと紅茶を口に含む。
「っ……。私にそんな期待されても」
「大丈夫よ。この先、地獄が変わっても変わらなくても。悪い方へ転がっても。閻魔大王がいるじゃない」
「へ!?」
「閻魔大王が支えてくれるわよ。アタシがそうだったように」
刀葉林はムフフフと怪しげな笑みを浮かべている。そのくせ目は少女のようにキラキラと輝いている。
「ムフフフ。だから大丈夫よ。何があっても閻魔大王は鏡子さんの味方でいてくれるわ」
「そっ、それと裁判とは関係ないですよ」
「あら、あるわよ。何があっても自分の味方でいてくれる……そういう人がいると自分に自信が持てるのよ」
――自信。
鏡子はハッとして俯いていた顔を上げる。
「自分に自信がつけばどんな結末になろうと胸を張って歩ける」
「――」
そうか。私は自信がなかったのか……。
鏡子の胸に何かがストン、と落ちてくる。
下した判決にもそして自分自身にも。自信がなかった。だって裁判官になるより前に、きちんとした大人になるより前に、死んでしまったから。
「私は」
鏡子はそっと口を開く。
「立派な裁判官になれるでしょうか。自信が持てるでしょうか。どんな判決をしても胸を張れるような」
「それは」
ガタンッ!!!!!
「!」
突然大きな物音が聞こえて鏡子は思わずビクッと肩を上げた。鏡子は音が聞こえた方を振り向く。
「怪我はないか、妻よ」
そこにはドアを蹴り飛ばして刀葉林の屋敷に乗り込んで来た閻魔大王の姿があった。
閻魔大王は大股で鏡子に向かってくる。そして鏡子の目の前まで来ると、鏡子の頬に手を当てた。
「っ!」
「怪我は」
「い、いいえ」
「そうか。すぐに駆け付けられなくてすまなかった」
閻魔大王は鏡子の頬に手を当てたまま、ホッと息を吐いて鏡子の頭から足の爪先まで眺める。そしてわずかに顔を赤らめた。
「その……破廉恥な服は何だ」
「え。…………っ!!!」
閻魔大王に指摘され、鏡子はハッと胸元を抱き締める。
そうだった。今の私、胸元開いてて生地が薄い服を着てるんだった。
「こ、これはっ!!!」と珍しく鏡子はワタワタしてしまう。
「刀葉林さんの選んだ服でっ! 私の趣味でなくてっ!」
「いやそれは分かっているが。妻はそういう服も着こなすのだな、と」
「っ」
鏡子が何も言えず俯いていると、閻魔大王はフッと頬を緩ませ鏡子の頭を優しくなでる。
「ちょっと、アタシを忘れないでくれる?」
「勝手に人の妻を攫っておいて何を言っている」
「またまたぁ~。鏡子さんの姿見て喜んでるくせに~。アタシに感謝しなさいよ」
刀葉林は唇に手を当て艶めかしく笑う。それを見て閻魔大王は微かに眉をひそめた。
「とにかく、妻は返してもらうぞ」
そう言って閻魔大王は鏡子を抱きしめた。
「え!?」
かと思うと、そのまま鏡子を肩に担ぐ。
「ちょ、ちょっと。お、おろしてください!!!」
「帰る道中、余の妻に色目を使う輩がいるかもしれないからな。ちょっとした魔除けだ」
「っ! 言っている意味がよく分かりません」
鏡子が顔を真っ赤にして反論すると、閻魔大王は「そうかそうか」と朗らかに笑った。
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