第11話
高瀬は羽鳥と再会するまで、自分の仕事にある程度割り切っている部分があった。
誰もがする「自己分析」の結果。いまの仕事を選んだ。自他共に誰かを支える仕事が向いていると認めていたし、マネージャー業は、ある意味天職といえた。
本当は名だたる企業に入社して、出来るだけ大きな仕事をしたかった。
けれど新卒でコネも実力もない。だから、まずは弱小でもいいから経験を積んで、それから転職。将来は、ほんの一握りの輝く星を見つけ出したい。
入社試験の面接では、そんな本音は、隠して、この会社で大きな仕事がしたいです。なんて御大層な志望理由を並べ立てた。もちろん、そんな若者の甘い考え方など最初から社長に見抜かれていた。社長は高瀬の嘘がつけないところや、夢見がちなところを買ってくれたらしい。
裏表なく、真正面から向き合ってくれる人間が自社のアイドルの担当をすれば、底辺でくすぶっているアイドルも、少しは前向きになって「隠れた本当の才能」が開花するかもしれないと言われた。
だから高瀬は小さな事務所で、君も「いつか」と口では可能性を語っていたし、どうしても努力では埋められない部分があることについては、いつも見て見ぬ振りをして、全力で応援していた。
努力では埋められない部分。それが、割り切っている部分だった。
けれど、羽鳥に再会してからは、その「いつかの可能性」を本気で信じていた。明日、世界が変わる。そのきっかけや、運命ともいうべき瞬間があるんだって、羽鳥が教えてくれた気がした。
羽鳥は笑うかもしれないが、結局、いつだって、高瀬にとって羽鳥は神様でしかなくて、自分と変わらない普通の人間だって知った今でも、面と向かって気持ちを伝えようとすると、高校生のあの日と同じ気持ちになってしまう。どんなに言葉を尽くしても、上手く伝わらないし、気持ちは次から次へと溢れた。
そして、そんな高瀬の好意は、気付けば一方通行ではなくなっていた。
羽鳥は高瀬の写真を毎日撮って、楽しそうに高瀬のそばで息をしている。もう以前のように、思い出すばかりの人ではないし、好意を伝えれば、いつも何かしらの反応が返ってくる。
羽鳥は野良猫のようで気分屋。でも朝起きて仕事に真面目に行くところと、時間と約束は、きっちり守る生真面目な部分は猫とは違う。
猫のように、きまぐれなのは、いつだって写真を撮る時だ。シャッターを押すタイミングは、高瀬には分からない。
そんな羽鳥に、高瀬が「お前の写真が好きだ」と言えば、羽鳥は、そっけない反応だけど毎回嬉しそうに笑う。
高瀬が向けた好意の分だけ、気持ちを返してくれる。
高瀬は神様の構成要素を一つ一つ知るうちに、羽鳥が、自分に向けてくる感情に、答えを返せないことが、ひどくもどかしいと感じ始めた。
羽鳥にもう一度会わなければ、こんな気持ちになることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます