第58話 王子の死

 マトモス第二王子のは、王都のみならず、その周辺一帯を覆いに騒がせた。


 この情報はすぐに国内全体に伝わるだろうが、それは多少時間がかるだろう。


 マトモス王子は王子宮に立て籠もり頑強に抵抗したが、クルエル第一王子が近衛騎士団を率いて翌日の昼には制圧したという情報が民衆の間に伝えられた。


 マトモス王子の安否は不明で、近衛騎士団との激闘で戦死したとも、クルエル王子との一騎打ちで討ち取られたとも言われている。


 民衆の間では色々な情報が錯綜していた。


 中には、夜闇に乗じて現れた誰かが、マトモス王子を密かに外へ逃がしたという者もいたし、マトモス王子とその部下達は、決死の抵抗で囲みを突破して王都外に逃げ延びたという王都中で騒ぎにならないわけがない荒唐無稽な話をする者もいた。


 一番多かったのは、マトモス王子とその部下達が、最後の一兵までクルエル王子を討ち取ろうと戦い続け、それが叶わず戦死した、という悲劇の内容である。


 どちらにせよ、マトモス王子とその部下達が近衛騎士団の囲みから逃げられた可能性はほぼ「ゼロ」であり、王族の兄弟同士で殺し合いをした手前、どのようにして死んだかは伏せられるだろうというのが、大方の予想であった。


 そして、数日後。


 王家から発表されたのは、「マトモス王子とその一派は王子宮にて自害」というものであった。


 これには民衆も一番あり得ない可能性と首を捻る。


「……マトモス王子は不屈の人だぞ。自害は一番あり得ないだろ?」


「やはり、クルエル王子に捕らえられてその場で処断されたのではないか?」


「捕らえたのなら、堂々と王宮前広場で処刑するのではないか?」


「そうそう。あの国王や王子が、残酷な手段を取らないわけがない」


「そうなると……、やはり勇敢に戦って亡くなられたという事か……」


 民衆達は王家の発表を信じた者はわずかで、ほとんどの意見は、最後の一人まで戦って亡くなったという悲劇の美談である。


 民衆にとって、現在の国王や王子は悪であり、マトモス王子はそれに対抗する正義の人であったから、悲劇の英雄として語られるのは当然の流れであった。



 その日の夜。


 その王国領内どころか、辺境に位置する現在誰も支配していない『魔族の森林地帯』にあるヤアンの村には、辺境のどこよりも早く王子反乱未遂事件の情報が届いていた。


「……そうか。私は死人扱いになったか……」


 マトモス王子はダーク=ヒーロからの情報を真剣に受け止める。


「王子、これで動きやすくなったと思いましょう」


 側近のトラージがマトモス王子を励ます。


「そうですよ。あいつらは我々を死んだ事にして、民衆から希望を奪ったつもりでしょうが、王子が健在なのは、奴らも重々承知のはず。これから枕を高くして寝られない不安な夜を過ごさせてやりましょう」


 ガイス・レーチは、ニヤリと笑みを浮かべると、同じく励ますのであった。


「しかし、これからどうする? ここは国外で、それもダーク殿の村だろう? つまり我々は国外からやって来た余所者、それも死んだ事になっている根無し草だ。お金も全てダーク殿に報酬として渡した今、明日を生きるのも難しいぞ」


 魔法使いのマーリンが自分達が今置かれている現状を口にした。


「……国内なら、頼れる貴族も複数いるが、ここは国外だからな。どうするか?」


 剣豪のジンがチラッとダーク=ヒーロを見る。


「しばらくはここで休養してください。王国内でみなさんの噂が落ち着いた頃に、望む場所に送り届けましょう。ただしその間、働かぬ者食うべからずです。村長のロテスさんに従って、村の手伝いをお願いします」


 ダーク=ヒーロは、マトモス王子一行に対して甘い顔をせず、そう告げた。


「もちろんだ。ダーク殿には二度も命を救われた。これ以上は迷惑をかけられぬ。やれる事はなんでもやろう」


 マトモス王子は真剣な眼差しで応じる。


「王子は我々の主君です。働くのは自分達にお任せを」


 側近のトラージがマトモス王子の言葉に敏感に反応した。


「いや、もう私は王国で死んだ身だ。そして、ここは国外であり、ダーク殿が自ら開拓して作った領地だ。ならば、その領主の言葉に従うのも当然だろう。──トラージ、みんなも聞いてくれ。これから私達がどうするべきか改めて話し合おう。王子の身分は昨日までの事だ。だから主従関係はもう忘れてくれ。そして、みんなは自分の身の振り方を考えて欲しい」


 マトモス王子の真剣な言葉に、側近のトラージ以下直属の部下をはじめ、私兵達もその言葉に息をのみ、悲しい現実を前に嗚咽する者もいる。


「……部外者ですが一言よろしいですか?」


 ダーク=ヒーロが重苦しい空気の中、口を開いた。


「……どうぞ」


 マトモス王子が続きを促す。


「真実とはなんでしょうか……? 王国で王子が死んだ事になっていても、実際はここに生きておられます。それが全てでは? みなさん、何も終わっていませんよ。それどころか始まったばかりです。王国の未来をみなさんが本当に変えたいと思うなら、やれる事をやるべきでしょう。俺もそれに協力しますよ。それではみなさんの新たな門出の為にこちらを差し上げます」


 ダーク=ヒーロはそう一気に語ると、命を救った報酬に貰ったマトモス王子の財産を魔法収納から全て出した。


「ダーク殿、それはあなたのものですよ!?」


 マトモス王子は驚いてダーク=ヒーロを見上げる。


「だから、それを差し上げると言っているのです。俺は元々貧乏性でこんな財宝を持っていても使いきれませんからね。有効活用してください。受け取れないと言うなら、投資でもいいですよ?」


「ダーク殿……。あなたという方は……」


 マトモス王子はここでやっと、事件以来、初めてその面に笑みを浮かべた。


 困って漏れた苦笑いというのが、正しいかもしれなかったが、数日ぶりの笑みに側近のトラージ達も安堵に近い笑みを浮かべる。


「ダーク殿、本当にいいのですか?」


 ガイス・レーチが性分なのだろう、言質を取るように聞く。


「ええ。でも、ここではちゃんと働いてくださいね? お金があるから怠惰な生活を送っていいというわけではありませんよ」


 ダーク=ヒーロは、口が達者だから苦手意識があるガイス・レーチに肉体労働させようと念を押す。


「うっ……。私は肉体労働は苦手だから、何か頭を使う仕事はないですか……?」


 ガイス・レーチが妥協案の交渉を始めようとする。


「ガイス、ここはダーク殿の言う通りにしろ!」


 側近のトラージが笑ってそう注意すると、


「はははっ! ガイス、観念するんだな」


 マトモス王子もそうガイス・レーチに念を押す。


 すると、いつもなら何か言い返すはずのガイス・レーチが困って何も言えない姿を見て、一同から笑いが起きるのであった。

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