第7話気持ちが定まる水曜日

水曜日。

集中は持続して本日も業務時間内に仕事を終わらせると昨日の宣言通り彩と食事に行くことと相成った。

本日は洋食屋でワインを嗜みながら過去の恋愛についての話をする流れとなった。

それもそのはずで前回、彩と食事に行った時に彼女はさくらに出会ったからだろう。

「それで。過去にどんな恋愛をしてきたの?あの娘とは清い交際だった?」

ボトルワインに小ぶりなピザが数枚。

それを食しながら彩は唐突に口を開いた。

「どんな恋愛って…普通な恋愛しかしてきてないですよ」

僕の答えを耳にした彩は悟ったような表情で首を左右に振った。

「恋愛に普通はないわよ」

その言葉を耳にしてギクリと胸が痛んだ気がした。

「たしかに…そうかもですね」

「じゃあどんな恋愛だったの?」

「そうですね…一言で言ったら依存の強い恋愛でした」

「依存?」

「はい。僕はあの頃、母親が亡くなって塞ぎ込んでいたんです。それを救い出してくれたのがさくらで…その後は寂しさを埋めるかのように毎日一緒に居ました。依存というよりも利用していたのかもしれません。自分がこの世で一番不幸とでも言うように駄々をこねる子供のみたいにわがままを言い続けていたんです。それを許し続けてくれたのがさくらです。高校生になって進学先が別々になって離れてみたらさくらは感じたんだと思います。もっと楽な相手がいるぞと。結果的に僕は捨てられた形になりましたが反省しているんです。なんでもわがままを聞いてくれたさくらに甘え続けていた自分が間違っていたのだと今ならわかります。それなのでその後の恋愛は全く上手くいきませんでした。さくらのように僕のわがままを全て聞いてくれる人なんて他にいるわけもないんですから…」

長いこと過去のことを彩に話すとワインで喉を潤した。

程よいアルコールを喉の奥に流し込んでいくと手っ取り早く酔ってしまいたい気分だった。

だがそういう日に限って簡単には酔わせてもらえないもので…。

彩は最後まで話しを黙って聞いており最終的には電子タバコのスイッチを押した。

現在は雰囲気のあるテラス席に腰掛けて食事中だ。

彩は一本分の電子タバコを吸い終えると軽くため息を吐いた後に一言。

「それってお互いに利用していたんじゃない?」

「どういうことでしょうか…?」

「うーん。簡単に言うと相手も必要とされて満たされていたんじゃない?好きな人に毎日必要とされたら承認欲求も満たされるでしょ」

「そういうものでしょうか…。何よりも僕は捨てられたんですよ?」

「うん。それは仕方ないでしょ。縛られていた人間が久しぶりに自由を得たんだから。色んな道を歩きたくなってもおかしくないわ。でも…」

彩は意味深にそこで言葉を区切ると一度ワインで喉を潤してから再度口を開く。

「縛られているのも存外悪い気分でもないのよね。必要以上に必要とされていて満たされている。自由になって色々経験するんだけど…結果的にあの頃の二人に帰りたくなる…。今まさにそういう関係になってきてない?」

彩の指摘にドクンと胸が跳ねると頷くべきか考えた。

だが僕よりも先に彩が口を開く。

「質問しておいてごめんだけど…この間の彼女の感じ見たら察せるよ。またあの頃に戻りたがっている。キミはどう?」

ズバリと断言されて僕は誤魔化すようにワインを一気に口に運んだ。

「でも…もうあの頃には戻れません」

「どうして?」

「流石に僕も変わりました。誰かに依存したり利用しなくても、もう一人の足で立てるようになったんです…なってしまったんです…だからあの頃のようには戻れない」

「じゃあ新たな関係だったらあの娘とまた恋人になりたい?」

その質問で僕の思考は一気に晴れたような気がした。

「ありがとうございます」

答えに導いてくれた彩に感謝の言葉を口にすると彼女は微笑むだけだった。

「決着したらまた食事に行きましょう」

「はい」

そこでこの件の話は終了するのであった。


食事を十二分に楽しむとほろ酔い気分で僕らは会計に向う。

財布を取り出すのだが彩は僕の前に手を差し出して首を左右に振る。

「次回からでいいよ。今までのは先輩と後輩が食事に行っていただけ。でも次回からはデートと言わせてもらおうかな。だから次回からは頼りにしてるよ」

彩はキレイに微笑むと会計を済ませて駅まで向かった。

僕らは別々の方向の電車に乗り込むと帰路に着くのであった。


帰宅した僕を硯は不機嫌そうに眺めていた。

「今週の休日な。わかってるって」

そんな風に適当にあしらうような言葉を口にすると硯は鼻で笑うような態度を取る。

「なんだ?仕事大変なのか?ストレス溜まってるな?」

「さぁね」

硯はいつものように適当と思える言葉を口にしてソファに寝転ぶ。

風呂に入りベッドで横になると本日は硯に起こされるようなこともなく深く眠れるのであった。


この日、僕はもっと真剣に硯に話を聞けばよかったと後悔することとなる。

まだ、もう少し先の話なのだが…。

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