不慮

 戦人センジンを戦場の主役へと押し上げた革新的技術の一つに、ガンマ合金と呼ばれる金属素材がある。

 この合金は、極めて軽量かつ頑強であるのもさることながら、最大の特徴として電波を遮断する性質があり……。

 本合金を装甲材として用いた兵器に対しては、旧来のレーダーが役に立たず、目視での索敵を余儀なくさせられるのである。


 人型由来の圧倒的な踏破性と、機動性……。

 そして、このガンマ合金によるステルス性が組み合わさることで、戦人センジンは神出鬼没の機動兵器となり、陸戦の王者として君臨するに至ったのだ。


 今回の作戦は、その特性を最大限に活かすものとなった。

 まずは夜半、第二〇三地化壕から伸びた秘密の通路を用い、地上へ進出。

 その後は、暗闇と廃墟に紛れながらロベの街を脱出する。

 そこからが、遠足の始まりだ。


 ロベ周辺部に存在する森を隠れ蓑としながら、ロケット砲システムが展開されているという平野部に歩みを進める。

 かつては田園地帯として、実り豊かな景観が広がっていた平野部……。

 今は帝政レソンの砲撃により、大小無数の砲撃こん穿うがたれているそこには、自走式の多連ロケット砲がずらりと並んで――いなかった。


「おかしい……。

 ロケット砲システムどころか、歩兵の一人も見当たらないわ」


 レコの搭乗するタイゴンは、狙撃に特化した調整をされていることから、偵察機としての要件も満たしており……。

 森林に隠れ潜みつつ愛機の主兵装――機兵用荷電粒子銃のスコープ越しに様子をうかがったレコが、僚機に向けてそう通信を飛ばした。


「ええー!?

 ワンさんの情報が間違ってたってこと?」


「ううん……。

 わざわざ本社から情報が送られてきたんだから、それが間違いってことはないと思う。

 戦況から考えても、購入したロケット弾を使わず倉庫の肥やしにすることはないと思うわ」


 彼女ら三名は、タイゴンのコックピットに調整された体格をしているが、それでも戦人センジン内部が狭苦しいことに変わりはない。

 計器に囲まれたコックピット内で、レコはあごに指を当てながら思案した。

 性格上の適性や、後方からの狙撃に特化した機体へ搭乗していることもあり、出撃時の小隊長役には彼女が任命されている。


 こういった不慮の事態において、適切な判断を下すのが彼女の役割だった。

 そして、自分たちが単なる戦闘マシーンではなく、刻々と変化する戦況に対して柔軟な対応ができると証明できれば、スクールにいる姉妹たちの未来もひらけるのだ。


「そ、それか、わたしたちの出撃がばれて、逃げられちゃったのかな……」


 こうやって悩んでいる時というのは、えてして思いがけぬ方向から解決の糸口が掴めるものであり……。

 今回、レコにそれを与えたのは、ララが口にした当てずっぽうの言葉であった。


「……そうよ。

 それだわ、ララ!」


「えー、敵の兵隊さんたちが逃げちゃったってこと?」


「ううん、そうじゃないの。

 でも、きっとララの推測は大間違いじゃないわ」


 ナナの言葉を否定しながら、自らの考えを整理する。


「そもそも、共和国側がマスタービーグル社の支援を受けていることは、向こうも承知しているはずよ。

 今のところ、タイゴンを目撃した敵兵は全員倒してるけど、撃墜した敵機の残骸まで回収してるわけじゃない。

 特に私の武器は銃痕が目立つし、それでマスタービーグル社が私たちを……極めて強力な新兵器を投入してきていることに気づくのは、自然なことよ」


「新兵器が投入されてるのは推測できるかもしれないけど、それをマスタービーグル社と紐付けることはするかな……?」


 ララの遠慮がちな声に対し、レコは自機のコックピット内で首を振った。


「ララが言ってたように、この戦争では敵も味方もうちの兵器を使ってるわ。

 なら、他の会社ではなく、マスタービーグル社が噛んでいるとレソンも考えるはず。

 それに、そう考えればこの状況も納得できるのよ」


「なんでマスタービーグル社が共和国を支援すると、ここから敵がいなくなっちゃうの?」


「それは、帝政レソンがロケット弾を購入した相手が、うちだからよ」


 通信のみならず、搭乗するタイゴンにまで首をかしげさせたナナへ、そう答える。


「うちから買っている以上、ロケット弾の大量購入が共和国側に漏れることと、それを阻止しに動いてくることは当然織り込んでくるはずよ」


「そうか!

 攻撃されると分かっていたから、ここに兵隊さんがいないんだね!」


「レコちゃん、あったまいいー!」


 ララとナナが、口々にレコを称賛した。

 音声通信のため、照れて赤くなった顔がばれないことに安堵していると、ナナ機があごに人差し指を当ててみせる。


「あれ?

 じゃあ、阻止する必要もなく砲撃はなしってこと?

 やったー! お仕事終了!」


「そんなわけないでしょう」


 自分自身だけでなく、乗機にまではしゃいだ動作をさせるナナへ、額に手を当てながら答えた。


「さっきも言ったけど、せっかく購入したロケット弾を倉庫の肥やしにするなんて考えられないわ。

 ナナ、あれ一発がいくらするか知ってるの?」


「んーと、お菓子一年分くらい?」


 ナナの言葉に、盛大な溜め息を吐き出す。


「……きっと、最高級のチョコを千箱以上は買えるでしょうね」


「わ、わたしはワンさんの作ってくれるお菓子の方が好きだよ!」


 ララまでもズレたことを言い出し、頭痛がし始めた。


「と・も・か・く!

 ただ思いつきで買うには、あまりにも高価な品物なの!」


「でも、お菓子みたいに痛んじゃうわけでもないよね?

 なら、すぐには使わないで取っておくこともあるんじゃないかな?」


 今度ララが口にしたことはもっともなので、自機のアーカイブからとあるニュース映像を選び出し、各機で共有する。


「これ、なにかのニュース映像?

 このおじさん、太っててかっこよくなーい!

 ワンさんみたいに、毎日トレーニングすればいいのに」


「な、ナナ。そんなこと言ったら失礼だよ」


「……その太ったおじさんは、ヴィーター・ゲシモフ中将。

 今、ロベを攻めているレソン軍の師団長よ」


 容姿についてナナから一蹴された哀れな中将は、映像の中で何やら熱弁を振るっており……。

 ツバを飛ばされたインタビュアーが、露骨に嫌がっているのを見て取れた。


「こんなおじさんにツバ飛ばされちゃって、かわいそー。

 あたし、いくらモテてもインタビュアーにはなりたくないなー」


「ナナ、そんなことよりこの人、三日以内にはロベを制圧するって言ってるよ!」


 そうなのである。

 本人はそれを男前な表情と思っているのか、ヴィーター中将はにやりと大げさに口角を歪めており……。

 遅々として進まぬロベ攻略について、三日後には完遂するだろうと大見得を切っていたのだ。


「ちなみにこれは、今朝のニュースよ。

 そして、ワンさんから聞いたところによると、ロケット弾が納入されたのも今朝」


「ロケット砲システムを展開するのに一日。

 せーあつをどれだけ急いだとしても、やっぱり一日はかかるとしてー」


「その前に砲撃をするなら、今夜から明日にかけてしかないんだね」


 ようやく要領を得てきた二人の言葉に、見えていないことは承知しつつうなずく。


「このヴィーター中将という人は、いつまでもロベを制圧できていないせいで、帝政レソン国内でも散々に叩かれてるらしいわ。

 がんばって大物ぶろうとしてるけど、きっと、皇帝からも攻略を急ぐようせっつかれてるんじゃないかしら」


「これが、最後のチャンスってこと?」


「じゃあ、じゃあ、失敗したら処刑とかされちゃうのかな?

 えーいって!」


 ナナ機が、両腰に装着した機兵用分子振動刀の一本を手に取り、腹部へ当てる動作をした。


「……それじゃ処刑じゃなくて、ハラキリでしょ?

 まあ、詰め腹を切らされることにはなるでしょうけど」


 そんな彼女にまたも溜め息を吐きながら、コックピット内でかぶりを振る。


「処刑かセップクかは置いておいて、このおじさんは言ったことを引き下げられる状態じゃないんだね?」


 ララの言葉でようやく議論が本筋へ戻され、指揮官役であるレコはこの先どうするか集中することができた。


ワンさんに通信して、どうするか聞いてみるー?」


「……いえ、それは避けましょう。

 せっかく、ここまで隠密行動が成立しているんだもの。

 万が一にも、通信を傍受される可能性は避けたいわ」


 現在、彼女たちが使用しているのはごくごく短距離での通信を想定したレーザー通信であり、これは秘匿性が高く傍受される心配はない。

 しかし、第二〇三地下壕にまで通信を入れるとなると、それをキャッチされる可能性はかなり高まってしまうのだ。

 代案としては、暗号通信を使用する方法も考えられたが、タイゴンの能力ではそこまで強度の高い暗号を作成することは不可能であり、そもそも、そのような高強度の暗号は受け取った側も解読するのに時間がかかる。


「え、でも、普段は本社とかと好きに通信できてるよね?

 今日だって、ロッテンせんせーの授業を受けられたし!」


「……ナナ、普段の通信は、地下深くに埋設されたケーブルを通じて共和国経由で行ってるのよ。

 最初に、ワンさんから説明があったでしょ?」


「指示を聞けない以上、わたしたちで、どうするか決めなきゃいけないってことだね?」


 ララの言う通り……。

 結局、現地判断で対応するしかないのだ。

 そして、それは自分たちの有用性を証明したいレコにとって、トラブルではあれどチャンスでもあったのである。


「どこから攻撃してくるか分かんないんだしー、もう帰っちゃってよくない?

 あたしたち、言われた通りのことはしたわけだしー」


「……わたしは、どうにかして砲撃を止めたいな。

 地下壕で見かけた子、本当におびえてたもん」


 ナナとララから、正反対な二つの意見が飛び出す。


「……奇襲を続行しましょう」


 レコが下した決断は、ララへの同意を示すものであった。

 しかし、その理由は彼女のように心の優しさから生まれたものではなかったのである。


「レコちゃんが決めたなら、あたしはいーよー」


「問題は、敵の人たちがどこにいるかだね」


 二人の言葉を聞きつつ、素早く地形図を呼び出す。

 事前に頭へ入れていたロケット弾のスペックと、敵軍の購入数から、布陣に最適な箇所をピックアップした。

 導き出された結論は……。


「三ヶ所!

 この三ヶ所に分散して、敵はロケット砲システムを展開しているはずよ!」


「これ、順番に潰してたら多分間に合わないよー」


 自機に頭部を抱えさせながら、ナナが叫ぶ。


「そうね……。

 それに、全部の箇所を同時に叩かないと、攻撃してる間に他の場所が砲撃を早めるかもしれないわ」


 レコ自身、マーキングを施してる間に同じ結論へたどり着いていたので、これにはうなずくしかない。

 どうしたものか……。

 思案している間に解決策を導き出したのは、今度もララだったのである。


「攻撃しなきゃ行けな場所は三つ。

 こっちの人数も三人。

 なら、分散して同じ時間に襲撃をかければいいんじゃないかな」


 その言葉は、提案という形を用いてはいるが、ひどく断定的で、強い決意を感じさせるものであった。


「分かってる?

 僚機の支援なし、単機で敵の護衛を撃破しつつ、ロケット砲システムを破壊しなきゃいけないのよ?」


「もちろん。

 それに、わたしたちならできると思ってる」


「らっくしょーだよー。

 どっちかというと、乱戦向けじゃないレコちゃんの機体が一番不利じゃない?」


 ララがいつになく力強い言葉で答え、ナナも軽口を飛ばしてくる。

 だから、レコもコックピットの中で薄い笑みを浮かべたのであった。


「馬鹿ね。

 私が、乱戦になるほど敵を近寄らせるわけないじゃない」


「決まりだね」


 三人を代表して、ララがそう言った。


「ええ、送った座標へ三人それぞれ別れて移動。

 その後、同時刻に攻撃を開始しましょう」


 最も距離の遠い地点は装備が軽いナナ機にあてがい、残る二つの地点をララ機と自機が受け持つ形にする。


「やるからには、必ず成功させましょう。

 その上で、機体ともども無事に帰りましょう」


「もっちろーん」


「うん!」


 ナナとララが、それぞれ返事をし……。

 こうして、三地点同時攻撃が決行される運びとなったのであった。

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