4.献身
夕日がすっかり落ちた。まだ空の縁には赤い色が滲んでいるが、辺りはすっかり濃い夜の気配に満ちている。
「ここ、私知ってる」
アルマがきょろきょろと辺りを見渡しながら言った。
「何度もママと一緒に通ったことがある……ここ、おうちから近いよ。グレイおじさん、もうすぐ帰れるよ!」
はしゃぐアルマとは対照的に、ラカルは少し心配そうな面持ちだ。
「アルマ。ママはまだ僕たちを探してるかもしれませんし、家に帰るよりも先にママを探しませんか?」
「えーそうかなあ。もう夜だからママもおうちに帰ってると思うよー」
双子の意見はなかなか合わなかった。今まではラカルが誘導すれば大抵うまく噛み合っていたのに。
「どうすんだ。お前らの意見が会わないと……」
その時だ。どぉん、どぉん。地震なのかと勘違いするくらい、地面が揺れる。どぉん、どぉん。身体の芯まで揺さぶるような轟音が、辺りに響き渡った。
「この音、なあに?」
アルマがきょとんと首を傾げる。ラカルはよく利く鼻をすんすんさせてみた。
「火薬のにおい……花火でしょうか?」
双子はのんきな様子だったが、グレイは違った。目はかっと見開き、きつく噛み締めた歯がかすかにかたかたと鳴っている。ぎゅっと握った拳はわなわなと震え、その場から逃げ出しそうに二、三歩後ろによろめいてから、グレイは叫んだ。
「お前ら、伏せろ!!!」
突然の大声に双子はぎょっとしてグレイを振り返った。が、その頃には既にグレイは地面に伏せていた。後頭部と首を庇うように手で覆い、全身を小刻みに震わせている。双子はどうすればいいのかわからなかった。グレイの様子がただならぬものだということはわかる。けれど、なぜ慌てて伏せなければならないのかは全然わからなかった。いつの間にか空は完全に夜の色に染まっていて、きらめく無数の星々が輝いているというのに。
「おじさん、どうしたの?」
お空は反対側よ? アルマは不思議そうにグレイを覗き込む。
「ほら見て!」
大丈夫だから、とアルマが何度も励ますので、グレイはゆっくり身体を起こして彼女が指さす空を見上げた。恐る恐る、といった風に。
「流れ星がいーーっぱい!!」
そこにあったのは、空一面の流れ星だった。黒をか細く切り裂いて、白く長く尾を引く流星群。三度願いを繰り返せばすぐに叶ってしまいそうなくらい、数えきれない流れ星が夜空を駆け巡っていた。いつの間にか地を這う轟音は消えていた。残ったのは、誰もが見惚れる平和な夜空だ。
「寝転んだ方がよく見えるね」
アルマがグレイの傍らにごろりと寝転がった。地面に投げ出した手足は健やかで、そこに一切の恐怖はない。
「ほら、ラカルも!」
アルマに促されてラカルも寝転がったらしい。未だ思考が追いついていないグレイもとりあえず寝転がることにした。
「流星雨ですね」
こんなのが見られるなんて、僕たちは運がいい。ラカルは興奮気味に言った。
「私たちに向かって落ちてくるみたい」
お星様を捕まえられそう。アルマは両手を夜空に伸ばして嬉しそうだ。
「グレイおじさん。さっきの音、びっくりしたねー」
何事もなかったかのようにアルマは言う。グレイの行動は、大きな音に驚いたためだと彼女は考えたのだ。子供同士で慰めるように、アルマは優しい声で言う。
「流れ星のことを教えてくれたのかな」
そうか。アルマに言われると、そんな気がしてきたグレイだった。例に違わずグレイは自分の突飛な行動の理由がわからなかった。怖い。何もわからないことが、自分のことすらわからないことが、グレイは怖かった。怖くて怖くて堪らなくて、目を逸らした。そうすれば、アルマの言ったことを想像すれば、怖くてどうしようもない自分を抑えられたから。ちゃんとした大人に近づけた気がするから。
「あ! おじさん見て!」
アルマは相も変わらず陽気な調子だ。グレイは言われるがままにアルマの指さす先を見た。
「あれよ! あれが〝千年星〟なの!」
流れては消えて流れては消えゆく流星の隙間で、それでも負けない輝きを放つ星がそこにあった。
ようやく見つけた千年星。それは心強い星だった。子孫を見守る星だと言われるのも納得だ。あの星を頼りに歩けばいい。そうすればきっと、目指す場所へと辿り着くだろう。
「そろそろ行きましょうか。夜遅くなってしまってはママが心配します」
いつまでも目を奪われているわけにはいかない。ラカルの言葉でグレイの目は覚めた。早く行こう。この子たちをママのところへ送り届けて、そして、そして──
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