第11話 魔王、起きる


 見覚えのあるしっかりとした岩づくりの天井。

 そして視界の横に写ったのは見事な金髪縦ロールだった。


「あっ! 起きられたのですわねボ……魔王様!」


 なぜか動揺して俺の名前を言い換えたのは、もちろんセイリンだった。先ほどと同じで仮面を被ったままだ。


「起きられましたかっ、魔王様!!」


 なぜかもう一人の声が俺の右耳に響いた。とんでも無い声量だった。


「キュ、キュリーか。そんなに大きな声を出さなくても良い。十分聞こえている」

「もっ、申し訳ありませんっ! それと、重ねて、魔王様に無理をさせてしまったこと、誠に反省しておりますっっ!!!」

「俺が……無理?」


  最近無理したことなんてあったか? それもあの闘技場の中で。


 強いて言うなら窒息する直前までいい香りを無理して嗅いでいたくらいだろう。


「えぇ、このイリスから聞かせていただきました……。昼間の襲撃者に加え、あのような大規模な闘技場の作成。さすがの魔王様でも疲れがたまっていたのですよね。このキュリーめが気づけませんでしたっ……。一生の恥……一生の不覚でございますっ! 魔王様が切れと言うのなら、自分の腹も切る所存です!!!!」


 うん、重い重い重い重い。


 それに、セイリンは声には出してはいないが、見るからにあたふたと焦っている。きっとキュリーがここまで真摯に受け取るものだと思わなかったのだろう。

 

 自業自得だ。


「そこまではせんでよい。負けたからと言って不貞腐れず、これからも俺の力となってくれるのならそれだけで十分だ」

「っっ……魔王様っ!! この魔王第一近衛騎士隊長であるキュリー、魔王様の為に一生精進いたしますっ!!」

「第一、近衛騎士……? 隊長?」

「あ、あぁ。目覚めたばかりで記憶が混乱しているのですわっ! 先ほどイリン様から魔王様の代わりに伝えられました! こんなにも名誉な役職を頂き、誠に嬉しゅうございます!!」

「え、あ、あぁ?」


 魔王第一近衛騎士ってなに? え、そんなの作った覚えないんですけど……?


 噂の金髪縦ロールを見れば、相変わらず仮面で表情は見て取れない。が、悪い顔をしているのだろう、きっと。


「魔王様、今日の一件もあり、警備を固くした方が良いと判断されたではないですか。もしかして、忘れてしまいましたのですか?」

「あ、あ、あぁ。も、もちろん覚えているさ」


 仮面からにじみ出る『圧』。自分の都合を無意識下で俺に押し付けてきていやがる。


 だが歯向かえない、これが現実。これがリアル。

 

 それにしても結局責任を取るなんてことを言いながらすべてを脳筋で解決してしまった。それも何故か円満に。


 さすが狂戦士バーサーカーといったところだろうか。


「それでは、キュリー。魔王様は非情にお疲れになっておりますわ。私は側近としてここにいますが、デボルスは戻ってくださいまし」

「あ、私も……わ、わかりましたイレン様。それでは失礼します……魔王様」

「あっ、えっ」


 俺の僅かなSOSを聞き逃してキュリーは部屋を出て行く。


 魔王第一近衛騎士隊長とか言う名誉そうな肩書を頂いたのなら、まずこの横の狂戦士バーサーカーをどうにかしてほしいとか思ったりした。


 少しの間、沈黙が流れ、まるで重い腰を上げるかのように言った。


「わたくし、おもいましたの」

「……なんだ?」


 セイレンは仮面を外す。


 少しだけ汗ばんではいるが、やはりめちゃくちゃ可愛かった。相変わらずこの美貌には慣れない。


 中身を知っているというマイナスアドバンテージすらも覆すほどの美貌なのだから。


「ボル様の部屋って結構広いですわよね?」

「……そうか? セイレンの部屋とほとんど変わらないと思うが」

「いいえ! とっても広いですわ! そう、それこそ二人一緒に暮らせるくらいには!!」

「え……? ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待とうか???」


 危ない。この人危ない本当に。


 二人? 


 絶対狂戦士バーサーカーと同じ部屋に同居とか嫌なんだが??? 


 てか、魔王城に住むことを許したはずなのに初日でここまで詰めてくる? もしかして魔王城を侵略するために住んでる? この狂戦士バーサーカー


「なんですの? 何か問題がありまして?」

「うっ……」


 出た。『圧』。


 目に見えない圧をこれでもかとプレスしてくる。それがセイリンのもつ美貌によってバフが掛かる。最悪すぎる方程式が完成してしまっている。

 

 だが。


 だが今回だけは負けられないっっ!! 魔王として、一人の男として、屈するわけにはいかないっ!


「だっ、ダメだっ! それは許可できないっ!」

「なんでですの?」


 あっ、だめだ負けちゃいそう。

 だってすごいんだもん。圧が。目力とかヤバいもの。


「もし、あれでしたら先ほどのような決闘で決めてもよろしくてよ?」


 あーーーーー。


 だめだ。最終手段として力に頼ってきちゃったよ。終わった。完全に狂戦士バーサーカーモードだ。


 てか決闘とかしたら開始一秒で首元に大剣がこんにちはで終わりだよ……そんな俺に分が悪すぎる勝負なんてしたくない。


 どうにかして決闘は避けつつ、尚且つ同居を回避するには……。


「……わかった。一緒に暮らしてもいいぞ」

「本当ですのっ!?」

「あぁ、だが、さすがに今日じゃない。まずはセイリンが魔王城の生活に慣れてからじゃないか? それにお互いの事をまだ全然知らないだろう?」

「……まぁ、たしかに、ですわね」


 先ほどまでの自分を狂信している感じは緩くなった。このまま押せばいけるっ!!!


「……だから、この件は保留ということでいいか?」

「うーん。そうですね、さすがに先走りすぎましたわ……」

「わかってくれたらいい。……それと、乙女が決闘だなんて、はしたないんじゃないか? できるならこれからは辞めておいた方が──」

「やむを得ぬときはしょうがないですわよねっ!」

「あっ、そうですか……そうっすか……」


 俺はセイリンから目線を外し、見慣れた天井を見上げながら思った。


 完全体の狂戦士バーサーカーになるのも時間の問題だなぁ、と。

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