Chapter.30 話し合い

「そろそろ帰らなきゃ」

「送ってくよ」


 折を見て、帰宅の用意を済ませたルカを見送るため俺は立ち上がる。


「セシリアは待っててくれ」

「分かりました」


 そう言って部屋にはセシリアを一人残し、駅まで車で送り届けることにした。


 助手席に乗車して「はー」と充足感のあるようなため息を吐くルカに、本当に楽しんでたんだなと思うなど。


「セシリアさん面白い人だねえ、ルカ気に入っちゃった」


 内弁慶の入っているルカがそう言うのだから本当に親しくなっていたのだろう。俺と二人きりになって、一人称が変化してもなおだから、間に立っていた俺としては喜ばしく感じるものがある。仲良くなってくれる分には嬉しい。


 とはいえ問題は残るわけで。

 今日一日中気が気じゃなかったこと。このタイミングで話を振る。


「……異世界の件についてなんだけど」

「セシリアさんから聞いたよ。にい、英雄なんだ?」


 いやいやと後ろめたさで首を振る。妹にそう口にされるのは居心地が悪い。

 英雄のことは俺にとっての弱点に近い部分でもあるので、複雑な心境からつい押し黙る。


「電車の時間、過ぎちゃうよ」

「……悪い。いま走らせるから」


 促されて、運転をはじめる。散々言い訳は考えたはずなのに、どう切り出すべきかイマイチ悩む。ルカとセシリアの距離感が思っていたよりも近かっただけ、どういう経緯があったのか分からなくて、何を言うのが適切なのか考えあぐねてしまっているのだ。


「ねえ、三年もあっちにいたってほんと?」


 沈黙が埋め尽くしそうな車内で、見かねたルカが何気なくそう口にしてくれる。

 その助け舟に甘えて俺は話し出す。


「……本当。先週、俺の様子がおかしかったのはそのせいだよ。指摘されるまで気付かないくらい、あっちの感覚に慣れてた」

「あ、なるほどね、すごく納得。靴履いてるのまじで変だったもん」


 容赦なく刺してくるので「おいおい……」とわりかしショックを受けつつ苦笑する。好意的に異世界の話を受け止めてくれているのは伝わるので、おかげで話しやすさはある。

 言葉を選ぶように慎重になって、俺からも質問をする。


「セシリアとはどういう話をしたんだ?」

「んー。えっとね、にいがすごいっていう話と、セシリアさんの地元の話! あと、どういう旅だったかも軽く聞いた。なんか、魔法って本当にあるんだね、お仲間さんすごいらしいじゃん。ルカも見たかったな」


 んん……絶妙に不安になるな……。

 俺がすごいっていう話のところ、セシリアなりのフィルターが入っていそうで、ルカの印象に影響を与えてないか勘繰りそうになる。


「……俺はそんなにすごくなかったぞ」

「喚ばれただけですごいことだよ」


 そうは言ってくれるが、実際はていのいい操り人形のような部分があったので一概にそうとも誇れない。

 まあ、それはルカは知らなくていい事情で、言葉にしてやるものでもないとは思って、褒め言葉は甘んじて受け入れた。


 いい意味で考えるのなら、英雄として国全体に祭り上げられるのは誰もが出来る経験ではないだろうし、本当に異世界に行ったことのある日本人がどれだけいるよ? という話になれば、俺の身に起きたことは本当に稀有ですごいことだろう。


「なんか、セシリアとの話のなかで、気になったこととか質問したいことがあれば」


 自分の話を自分から根掘り葉掘り聞くのは気が引けて、ルカに質問をしてもらう形にする。すると、「うーん……」と時間を掛けて考えてくれたルカは。


「あんまりないんだけど、一つだけ。あのさ」

「うん」

「セシリアさんに『俺のこと好きだろ』って言ったのってほんと?」


 あやうく事故になるところだった。

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