Chapter.25 アイス

 セシリアがコンビニに入るのはこれが初めてになる。

 以前車酔いをしたときに休ませるため立ち寄ったことはあるが、あのときは俺がオレンジジュースを買いに行っただけでセシリアは車に待たせていた。


 そんなこともあり、外観で同じような店舗だとは思ったのだろう、興味津々なセシリアを連れて入る。

 俺が求めたのはアイスである。


「セシリア食べるか?」

「なんですか? これ」

「アイス。五十音カードにもあっただろ。木の棒に刺さった青いやつの絵。冷たくて美味しいやつ」

「食べます」


 即決でびっくりする。俺が適当に美味しいって言えばゲテモノでも食べてくれそうな信頼感だ。あまり考えなしになってしまうと困るので苦笑するが、嬉しく思うところもある。


「じゃあ同じやつな」と言ってあまり見て回ることはなく、手短に会計を済ませ、コンビニからはすぐに出てしまった。


「どこで食べるべきでしょう?」


 駐車場は車がどんどん入ってくる場所、という認識も培われてか、屋外に出ても半端も飛び出すことのなくなったセシリアに成長を感じるものがある。

 初めの頃はドアの開け方も危なっかしいし白線の意味が分からず自由な振る舞いをしてしまうところがあったので、徐々に現代に慣れてくれているのは非常に喜ばしく思うばかりだ。


 セシリアはポンだが良識はあるし気を遣える良いやつなのである。だから苦労することはあっても、迷惑にはならないんだよな。


「近くに土手があるからそこまでいくか」


 夜間雨が降りやすいので座ることは難しいかもしれないが、まあ、住宅地のなかで食べるよりはいい。

 静岡市が誇る一級河川。安倍川沿いの土手まで移動し、川を眺めながらアイスのパッケージを開ける。


「落とさないように気をつけろよ」

「はい!」


 しゃくり、とソーダ味のアイスバーを食べる。この冷たさよ。残り梅雨の散歩の一休みに最適で、蒸した全身を通過する『涼』がある。


 安倍川は広く、水流がある。土手から距離は離れているもののじゃばじゃばとした水音は耳に届き、自然の一部を味わっていられる。


「ひょ〜」と謎の奇声が隣から聞こえたので振り返ると、口の中の冷気を吐き出すようにすぼませながらこめかみに手を当てるセシリアがいる。


 ……こいついまキーンってなってるな。

 見るとセシリアの持つアイス、俺が一口食べる間に半分減ってる。


「ゆっくり食べなさい」

「ふぁい……」


 強烈なダメージを受けたセシリアは意気消沈といった姿をするなか、その隣で俺はしゃくりと二口目のアイスを食べた。


 ♢


「いやはや、思わぬ反撃を受けました。美味しいくせにゆっくり食べさせるとは」

「別にアイスのほうに防衛機構があるわけじゃない」


 アイスを食べたときに起こる頭痛って血液量が増えて頭の血管が膨張するからとか、喉を通したときに三叉神経が刺激されて『冷たい』を脳が『痛い』と誤解するからとかそんな話だったはずだ。

 どちらかというと人体のセーフティである。


「……異世界人でも体の作りって変わらないのな」


 当たり前といえば当たり前なのかも知れないが、本当に不思議で、奇妙な話だ。



 その後、帰宅したあとは勉強の続きをちょっとし、また高校のときに使っていた型落ちのタブレットをタンスから引き摺り出して、これを仮にセシリア用とした。

 いまどきホーム画面をスワイプするだけで子どもみたいにはしゃぐ二十代女性がいるのかというと、ここに一人だけいるんだなって感じ。


 一通り、まあ小難しいことは抜きにして、これで動画が見れる。これで写真が撮れる。これで水瀬の言ってたゲームが出来る。画面を閉じるときはここを押す。

 ……などと教える。


 動画配信サイトのトップを飾るランダムなおすすめ表示の一つを試しに押し、いわゆるユーチューバーの軽快な自己紹介に「おお!」と感心するセシリアがいた。


「面白いですね!」

「目が疲れやすいと思うからそれだけ気を付けてほしい」


 それから、充電のタイミングだったりやり方を説明したところで「じゃあ一からやってみ」「えっと……?(タブレットとケーブルだけとりあえず持つ)」と今日一日の脳みそは使い切ったことが明らかになったので、「まあ明日はコンセント挿しっぱでいいよ……」とずっと手間を減らしたやり方を推奨した。


 どちらにしろバッテリーの寿命が短すぎる型落ちタブレットで、音を出して動画見てれば二時間も持たない。


 今日明日のところはそうしてもらって、また日を改めて充電のやり方は説明する。セシリアは詰め込み教育が出来ないタイプなので、ゆっくり時間を掛けていこう。


「これなら明日は暇しなさそうです!」

「ちなみに明日はちょっと帰り遅いからな」

「えぇ……」


 いま俺がしているバイトのシフトは木〜日に入っているのでこれからはどうしても遅くなる。時期的に余裕がある(長期休みが本番)のと勉学との兼ね合いで軽めのシフトではあるんだけど、今回ばかりはちょっと憂鬱だ。先週の日曜(※水族館に行った日)はその前日に休むことを伝えるという所業をしてしまっており、店長のお咎めにビクビクしていたりする。


 初めて仮病を使ったし、その上で遊び呆けたこともあって、異世界帰りなんだしこれぐらい! セシリアをもてなすためにこれぐらい! と自分を偽り続けてみたけど、結局罪悪感は拭えなかった。なんというか、いくら英雄扱いされてても、根っこの本質的な部分は全然変わってないな俺、と思う。


「そうだ、では、タクヤ殿!」

「ん?」

「今日からはタクヤ殿が布団を使ってください! 私はもう床で寝ます!」

「そこはソファと交換してほしいけど」


 居た堪れないだろ居候が床で寝るの……。

 しかしそんな申し出をされるとは思っていなかったので困惑する。俺としては体力と肉体年齢が三年分若返った恩恵もあり、正直ぜんぜん気にはしていない部分の話だったのだが、その申し出の意図がセシリアに気を遣わせてしまったのかと勘繰ることになったのだ。


「タクヤ殿はやはりソファより布団で寝るべきです! 私はもうここで寝ません!」


 ついでになんか意地になってるのか、そう強く否定されると俺の布団臭かった……?とかいらぬ気苦労を覚える羽目になる。困惑する俺にセシリアが核心を突く。


「私は今何もしてないので、することのあるタクヤ殿はぐっすりと体を休めるべきだと思います!」

「……………」


 まあ、負い目を感じさせていたという話だろう。気にしないでいいのにとも思うが、そういう状況であぐらを掻かないあたりが彼女の美徳であることも分かっているので、素直に「ありがとう」と感謝する。


「私が仮に寝たくなったら日中使えばいい話ですし」

「……まあ、それが一番の落とし所か」


 納得し、今後はそういう形式に。

 さっそく今晩から俺は布団で寝ることになった。セシリアは俺がしていたようにソファに就いており、上手く行ったことへの喜びなのか、ちょっとした日常の変化に対してなのか分からないけど、寝るのを楽しみにする姿に愛おしさのようなものすら覚える。



 とりあえず、今日はお言葉に甘えて寝よう――。



 ……そう思ったが、俺の布団だったものは完全にセシリアのものとなっていたらしい。

 言っちゃ悪いがセシリアの匂いがしてぜんぜん寝付けそうになかった。


 これは、非常に、よろしくない。

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