Chapter.20 思い出作り

 ほんの少しの待ち時間のあと、俺たちの番がついにやってきたので座席へ移動する。メニュー表には色々あるが、もっとも目を惹くのはやはりげんこつハンバーグとおにぎりハンバーグだろう。看板商品と銘打たれているし、俺もこればかり注文する。


「美味しそう……」


 焼肉のメニューとは違い、いますぐにでも食べて掛かれそうな写真をしている紙のメニュー表が相手だ。

 食欲をそそられたようなセシリアがいる。


「何か気になるのはあるか?」


 と声を掛ける。メニューを眺めているだけで楽しそうだが、細かな部分で分からないところも出るはず。

 助け舟を出しておくのは欠かさない。


 まあ、


「ちなみにそれはお子さま用だけど」

「……!」


 かあっと恥ずかしそうにお子さまメニューを畳んで遠ざけるセシリアを、わざと揶揄うように笑いながら。


「タクヤ殿はどれを選びました?」

「げんこつ。……えっと、これ」

「なるほど。一番シンプルですね」

「これがこのお店の看板だからな」

「えっ。じゃあ私もそれにします」


 おすすめに弱い。ずいぶんと悩んでいる様子だったのに、聞けば即断即決なセシリアに苦笑する。

 まあいいか、と思いつつ。


「あとセットだな。ライスかパンで選んで、カップスープかサラダか味噌汁、コーヒーか紅茶で選べる。これは好きに選んでいい」

「タクヤ殿はどうしますか?」

「俺はライスとサラダ」


 むむむ、と彼女が唸る。


「では私はパンとスープのものを」

「いいよ」


 その通りに注文した。料理が運ばれるのを待つ。



 ……ところで、ハンバーグというものは、ドイツの都市ハンブルクを英語読みしたものが語源と言われている。

 ところが異世界にもハンバーグはある。サンドイッチもあったんだよな(※サンドイッチはサンドウィッチ伯爵が語源であるとは有名な話)。


 というのも、どうやら、経緯だけが違うみたいで、ハンが潰した肉。バーグが焼くことだと言うし、サンドイッチはそれこそ異世界にある都市の名前になっていた。だけどものは全く一緒である。


 唯一、名前の重複でいうと厄介なのがシチューであり、異世界ではシチューを頼むと焼き魚が出てくる。

 これは詐欺に該当する。


 まあ、なんというか、よりけりなんだろう。一から十まであの陸上ダイオウグソクムシみたいな意味分からない言語で構成されている名前ばかりでなくてホッとするし、知っているものが知っている名前として奇跡的に通用する喜びは正直デカい。


 この感覚をもっと身近に例えるなら、セシリアという名前はこのヨーロッパ圏でもありふれたものとして聞き馴染みがあるが、トーキマスやミストリタという姓名は存在しないのと似たような感覚である。

 アベリアは花の名前でもあるけどシュビサリは掠るものもないし。


 互いに共通項とするものと、明確に異なる部分が複雑に存在した。

 この感覚はきっと俺とセシリアにしか分からない。


「この地図はこの世界のことでしょうか?」


 と、セシリアが、さ●やかでは決まって配られる油はね防止用のシートに印刷された県内マップを見ながら言う。三十店舗以上を県内に出店するこの店の自社紹介となるオリジナルマップで、ここに来る前に説明した、徹底管理の品質などは実はこれの受け売りだ。


「いや、もっと狭いよ。こっちが俺の住んでいる場所で、さっきの水族館はこの辺りにある。近隣の地図」


 行き帰りで使う一号線が駿河湾沿いを走る一本道なので、「ここからここまで回って来たんだぜ」と教えるとセシリアは感心したようだった。

 流れで、俺は海の反対。

 沼津より上にあり富士に近い土地を指し示す。


「ちなみにここらへんが俺の実家だな」

「……………それはタクヤ殿のご両親がおられる場所ということですか?」


 な、なんでそんな核心に迫る感じで聞くんだ……?

 若干気圧されながらも頷く。


「う、うん。親父はいないけど」

「あ、そうでしたか……。それは知りませんでした。申し訳ありません」


 しゅんとするセシリアを軽く受け流す。

 気にしなくていいからと言葉を掛けつつ。


 ついでに言うとうちは三世帯住宅だし、母方の実家だし、十二、三年くらいは住んでいる。もともと静岡出身というわけでもなく、親父が病気でその頃に死んで、それからこちらに転居した形だ。妹は完全に静岡生まれのつもりだし、俺も当時の記憶はあまりない。


 話が若干変わるけど、そんなこともあり、経済的にあまり裕福ではない面があったので、少しでも負担は減らせられるように早いうちから貯金癖が付いていた部分がある。


 本当はこのお金も親孝行するために貯めていたが、突っぱねられていまがある形。


 妹には使ってやれと言われているので母の代わりにお小遣いをあげる役割が俺にはあって、その結果として、定期的に俺の家まで(看病抜きに)妹がやってくることはある。

 まるでブラコンみたいだろう。現金なだけだぜ。

 ちなみに昨日はやっぱりあげすぎだった。


「いつかタクヤ殿のご実家にも行ってみたいです」

「それは……」


 面倒くさいことになるぞ……。と、引きつった笑みを浮かべつつ、でもセシリアの気持ちは嬉しいので「いつかな」と先送りにしつつ。


 そんな話をしている間にハンバーグはテーブルに到着した。


 目の前に鉄板が置かれ、店員さんの手によって半分に切られると、なかには非常に柔らかそうな赤いレアの断面がお見えする。それを鉄板に押し付けると、一気に白煙と油はねと、立ち込める肉の焼ける匂いがあり、セシリアはとびっきりに目を輝かせる。


「大変お熱くなっておりますので気を付けてお召し上がりください」


 セシリアの目はハンバーグに夢中。口が開いている。たらーっとよだれを垂らしそうなあほ面だ。

 この世界をエンジョイしてくれているみたいで嬉しくて、セシリアがこちらに気付いていない間に、俺はスマホでそんな彼女の姿を切り取る。


「また撮りましたね?」

「別にいいだろ」

「私を撮るならタクヤ殿も撮られてください」

「それはお断り」

「ずるいです!」


 いやいや……俺がセシリアの姿をこうやって手元に残しておくことに意味があるのである。そんなことを正直に伝えるのはバカらしいので、フハハと笑って勝ち誇るだけだが。


「またあーんさせますよ」

「どんな脅しだよ」


 あとまたって言うな。一生前科者じゃねえか。

 いやまあ前科はあるのだけども。くそう。悔やまれる。ドヤ顔のセシリアが恨めしい。


「どうしても、撮りたいですか?」

「……………うん」


 苦悩の果てに正直に頷いてみてから、これはちょうどあーんをさせられた時と同じ話運びではないかと気付き、慌てて「いや」と否定しようとする。

 しようとした。の、だけども。


「ちゃんと撮ってくれたらいいですよ」

「……お」


 ピースサインとセットでこちらに笑顔を向けてくれるセシリアに目を奪われ、吐こうとした否定の言葉をぐっと押し込んだ。


 やっぱりセシリアのことは写真にも残したい。


「ありがとう」


 ついつい口許を綻ばせて感謝する。と、セシリアが俺の顔をまじまじと見つめるから、なんだよ、と恥ずかしくなって笑顔を引っ込めた。

 勝手に訳知り顔を浮かべたセシリアが、ふふんと鼻を鳴らして言う。


「楽しいですね、タクヤ殿」

「〜〜〜っ。もうお前には敵わねえよ……」


 見透かされて、白旗を振る。なんか今日はこんなことばっかりだ。漫画でいうモジャモジャ線を浮かべたくなるくらいの心境で呻いている俺と、意気揚々としたセシリアがいる。


「私も楽しいです」

「……良かったよ」


 ハンバーグレストランでの食事は概ね大満足に終わり、会計時に貰えるハッカ飴を舐めて「うぇ……」と流石に苦手だったらしいセシリアが不満そうに今度はモジャモジャ線を浮かべたところで、今日一日はついに終いとなった。


 本当に、楽しい一日であった。


 ♢


 ………。


 ……………。


 …………………。


「……じゃあ行ってくる。夕方には戻るから。昼飯は台所にあるもの適当に食べてくれ。家にあるものは好きに使っていいけど、とりあえず今日のところは外には絶対出ないでほしい。慣れないし何したらいいか分からないだろうけど、辛抱してくれ。早めに帰る」


「分かりました!」


「心配だな……。じゃあ、えっと、お留守番よろしく」


「はい!」


 翌日。玄関先でそのようなやり取りを済ませると、不安げな表情を隠せないタクヤが家の外へと出ていった。ガチャン、と重たく閉まる扉。

 残されたセシリアは。


「さて、何をして過ごしましょうか……」


 振り返っては孤独の部屋。

 セシリアは困ったように唸る。


 異世界(※現実世界)に来て初めての一人きり。


 セシリアの慣れない一週間が、

 幕を開けた瞬間であった―――。




(第五話 お留守番犬・女騎士 へ)

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