Chapter.16 くっ、殺せ

 沼津港に着いた頃には小腹も空いてきていたので、パーキングエリアに車を停める。海はものすごく近くなっていたので、強烈な磯の匂いが俺たちを襲った。


 沼津港深海水族館は、その名の通り、漁港の近くにあり、近隣には魚市場や海鮮を取り扱った食事処が散見される。そのなかで最近では観光客の呼び込みにも力を入れており、映えを意識したドリンクやデザートを取り扱うお店も増えてきているのだ。

 深海水族館の真向かいにある、『沼津 みなと新鮮館』に入る。


「かわいい……」


 のぼりや看板として大々的に宣伝されている深海もなか、というおやつを見て、そう口にこぼすセシリアを連れていきながら。


 みなと新鮮館は駿河湾で水揚げされた海の幸を一般向けに取り扱っており、土産物屋という印象が深い。エントランスには船の模型から蟹の甲羅、貝殻の展示にちょっとした水槽、ベンチが複数置かれており、奥へと続く一本通路から両隣に店舗が並ぶ形だ。


 俺とセシリアはエントランスから向かって一番手前にある『しーらかんすCafe』という店に立ち寄る。


「あまりにもかわいすぎませんか!?」


 これこそ映えを意識した新たなる沼津港の名物。深海に潜む生きている化石・シーラカンスという生物を可愛らしくデフォルメしたもなかに自分で餡を詰めて召し上がるおやつだ。

 こちらの商品は土産物のように店頭で購入することが出来る。


 それらとは別にイートイン(※または食べ歩き)であれば、この深海もなかをマカロン風にアレンジした深海モナカロンというデザートや、同じくデフォルメされたシーラカンスをかたどった深海パンケーキ、濃厚なソフトクリームにもなかを添えた深海もなかソフトなんてものまであり、また、土日祝の数量限定販売では、めんだこプリンアラモードなどという深海生物のメンダコをかたどったあまりにも映えすぎるデザートまであった。


 しかもめんだこプリンに関しては『めんだこプリンの歌』というものまで存在するらしく、公式サイトから視聴することが可能。


 店頭でもその映像が垂れ流しにされており、非常に耳に残る中毒性とめんだこプリンをひたすらぷるぷるさせている光景は脳裏に鮮烈な印象を残す。

 映像のめんだこは耳が常にぱたぱたしていて非常に愛らしい。


 ほら、幼女(セシリア)も釘付けになってる。


「どれか食べてみようぜセシリア」

「えっ、ならこれ食べたいです!」


 キラキラした目でモニターを指差しながらおねだりするみたいに言うセシリアに気恥ずかしさを覚える。

 ちょっと待ってくれ、わりと恥ずかしい。

 本当に精神年齢下げるなよ。


 気まずくて店員さんの顔を見ることが出来ずにセシリアを引っ張って注意する。まだ時間が早いほうなので人が少なくてよかった。


 はあ、とため息を吐いて仕切り直しを図る。


 その後、もう一品食べてみたいので、俺は深海パンケーキを選び、もなかは持ち帰りにして後ほど食べることにした。散財している自覚はあるな。


 待ち時間の間もセシリアは映像を見ていて、飽きないのかなと首を傾げたくなるけど、映像そのものが目新しいというのはあるかと認識を素直に改める。

 シンプルにクセになる映像なのも否めないけど、セシリアにとっては本当に面白くて不思議に見えるんだろう。



 それほど待たずして出来上がり、イートインコーナーで対面に座る。「♪」とるんるんなセシリアが、プラ製のパフェグラスにでん!っと乗っかっためんだこプリンをまじまじと見つめながらスプーンを構える。

 それからじっと数秒間。


「どこから食べましょう……」

「目玉から」

「非道な」


 くわっとセシリアに突っ込まれる。

 だが可愛いものをモチーフにしているデザートは往々にしてそういうものだよセシリア。食べ物である以上見栄えを維持することなど出来ない。

 スプーンでえぐり取って食べるのだ。


 というわけで俺はシーラカンスのパンケーキを躊躇なく半分に割る。


「ああっ」

「頭と尻尾どっちがいい?」

「………尻尾でいいです……」


 こいつ深海もなかちゃんと食べられるのかな。


「タクヤ殿、私は名案が思い浮かびました。先ほどのカシャっというやつで残しましょう。このかわいい……かわいい何かを」

「メンダコな。メンダコ。撮るか」


 いざ現代知識を相手にするとセシリアの語彙はふわふわとしたものになる。それはそれとして自分で名案というんじゃない。


 手短に写真撮影を済ませ、満足したセシリアがやっと手に掛ける。


 スプーンで掬い取り持ち上げ、先ほどの映像を思い返してかぷるぷるとプリンを揺らしている。

「うはあ」と声がもれている。実に楽しそうである。



「……これってタクヤ殿の好物と同じなんですよね」


 そんなめんだこプリンを見つめながら、セシリアがぽつりとそう呟いた。


「プリンが? それは食べたことないけど」

「食べたいですか?」

「……くれるなら」


 ずい、と差し出されるスプーンにジト目を送る。なんだ。何のつもりだ。お前。あーんでもする気かこいつ。そんなんもうただの浮かれバカップルみたいになるぞ。


 ただまだ意図は分からないので、差し出されたスプーンを受け取ろうと手を回す。


 ……………避けるなよお前。

 じゃあいらないも感じ悪くて言えないだろ。


「マジで言ってる?」

「だって食べたいでしょう?」


 ふよふよと分かりやすく見せつけるな。何だこいつ。

 あと俺をなんだと思ってるんだ。

 俺を手玉に取ってるつもりかセシリア。


 敵か? お前は敵なのか? このパンケーキ半分こしてあげないよ? 返してもらうよその尻尾?


 地味に悔しい。し気恥ずかしい。この状況でこのセシリアを上回る武器もないのでひたすらに悔しい。なんなんだこの敗北感。本当に悔しいと感じる。


「く……」

「どうぞ。タクヤ殿」


 恨みがましくもセシリアを見る。フフン顔している。恍惚としている。ちょっと前まで幼女みたいだった女とは思えない。なんだかな。ちくしょう。なんだかな!


 ………………………………………………………………………………………………。


 ぱくり。


「――っ、美味しいですか!?」


 ものすごく嬉しそうなセシリアが飛び付くように尋ねてくる。


「……………美味しいよ」


 俺は不服そうに答える。


「もう一度あーんします!? しますよ!」


 あまりにも楽しそうなセシリアに白旗を振る。


「殺してくれ」


 なんで俺がくっころしてんだ。

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