Chapter.14 ピザトースト

 翌日。起床はほぼ同時となる。

 んん、と呻きながら俺がソファから起き上がると、丁度のっそりと上体を起こしたセシリアがこちらを振り向いたタイミングだった。


「おはよう」

「……おはようございます……」


 ぎこちない態度で返される。さすがにお互いの寝起き姿をこうやって見ることはなかったので、気恥ずかしさを覚える今朝となった。


 その後、顔を洗い、布団を片付け、カーテンを開けたところで完全に覚醒。すぐに腹が減るほうなので、朝食の支度に取り掛かる。

 家の残り物になるが、ピザトーストを作ろうと思うのだ。


「手伝ってくれるか?」

「もちろんです!」


 オーブンレンジから黒皿を取り出してクッキングシートを敷いたあと、余りの食パンが三つあったのでそれを全て並べる。セシリアにケチャップとスプーンを手渡し、食パンの表面に塗ってもらう間、その隣で俺は冷蔵庫からピザ用のチーズとハムを取り出す。使いかけのチーズは少し量が心許ない。


「どうだ?」

「これでいいですか?」

「出来てる出来てる。ありがとう」


 ちょっと塗りすぎ感はあるが、まあ大味のほうが美味しいのでよし。セシリアに場所を譲ってもらい、トッピングは俺が任される。パン一つに対してハム二枚を重ね、その上からチーズを満遍なく散らす。あとはこれを焼くだけである。


 このピザトーストは子どもの頃からよく食べていた休日の朝食だった。料理というには手間も拘りもそれほどないシンプルなものだけど。


「いい匂いがしてきました!」

「うむ」


 タイマーは十分に設定しているが、焼き上がりはそれよりも早いと思う。二人してオーブンレンジの前に待機しながら、焦げないよう様子を確認しつつ。


 セシリアはオーブンレンジに興味津々で、火も立たず、しかも冷蔵庫の上でパンを焼いているという状況にとても不思議そうにしていた。冷静に考えれば熱いんだか冷たいんだか。

 実際、冷蔵庫の上に置くのは不適切という話もあった気がする。我が家に限りスペースがないので許してもらいたいが。


 待ってる間は若干暇だ。隣には「楽しみですね!」と朝から機嫌のいいセシリアがいたりする。作業の量としては大したことをしてないが、二人での分担作業だったこともあり、早くもハイになってしまったようだ。

 この匂いもずるい。ピザトースト、めちゃくちゃ空腹を煽ってくる。


「そろそろかな」


 蓋を開けて中身をチェック。いい感じ。焦げつくちょっと手前、パンの四隅がカリカリに仕上がりぐつぐつとしたチーズの動きが生まれハムがやや反り返ったベストピザトースト。これは満足のいく仕上がりである。


「危ないからちょっと離れてて」

「はい!」


 黒皿をタオルで包んでリビングへ持っていく。後ろから付いてくるセシリアは事前に用意していた二枚の取り皿とナイフを持ってきてくれている。地味に往復の必要がなくなって助かる。

 熱がりながらテーブルの中央へ持っていき、セシリアと対面になって座る。取り皿とナイフを受け取り、三枚目のパンのみ半分に切る。奇数から偶数に変換。


「熱いから気をつけて食べろよ」

「もちろんです……あちちっ」


 じっと見る。このピザトースト、シンプルながら普通に美味しくて俺はかなり好きなんだが、食べ方にコツがあったりする。というのも、慎重にハムを噛みちぎらないと下がケチャップで滑るので、ずるりと顔から離したときに熱々のハムとチーズが付いてきてそれはもうえらいことになるのだ。

 あちちじゃすまない。うむぁうあっ!?となる。


「ウムァウアッ!?」


 うむぁうあしてんなよ。

 ……………。おバカだ。

 大慌てでトーストを皿に置きながら咥えたハムをどうすることも出来ずに前傾姿勢で阿波踊りのような手の配置をするセシリアに思わず爆笑する。なんというパニック。いや笑ってる場合じゃないんだけど。


「んん〜〜〜!」


 ものすごく抗議の目で見られた。

 悪い悪いと謝って冷たいお茶を差し出す。


 それからしばらくして落ち着いた頃に、やっと味わう余裕が生まれた。

「ケチャップが美味しい」と至福そうにパンにかぶり付いてくれるセシリアの顔を見て、俺は質問を投げかける。


「やっぱりパンのほうが食べやすいか?」

「食べやすいです! こちらの世界のものは、ちょっとふわふわすぎるところもありますけど美味しいですね」

「歯応えが欲しいならそういうパンもあるな。硬いやつのほうが好みか」

「はい。でも昨日食べさせていただいたお米も美味しくて好きです! 箸が苦手ですね」

「なるほど」


 実は昨日の焼肉屋の段階で、食べ放題なのをいいことに、セシリアの日本食適性を軽く調べていたりする。というのも異世界では主食にパンやペースト状の芋のようなものを食べる機会が非常に多かったので、白米さえ合わないとなると厳しいな、とは漠然と考えていたのだ。


 ちなみに、焼肉屋では「タレと合いますね」という無難な評価を頂いている。付けて食べるものという認識が出来てしまった感は否めない。肉で巻いても食べたしな。

 ただお米に対して美味しいとは言わなかったので今朝はパンにしてみたのだが、先ほどの口ぶりからすると、箸で食べさせていた影響も少なからずありそうだなと思った。


 実際、トーストは何不自由なく美味しそうに食べてくれている。


 そうなると、とりあえず慣れるまでは箸以外でも食べられるものにした方が良さそうだ。和食のハードルは依然として高いので、洋食メインの生活になるかなとは思いつつ。

 まあ、今日の予定には何ら差し支えない。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。……さてセシリア。今日の予定なんだけど」

「はい」


 ごくり、といった様子で慎重になってセシリアが頷く。期待とちょっとした不安を感じる顔だ。俺は、だいたい良いことを言う前のように、得意げな面を浮かべてセシリアに言う。


「今日はあの服で出掛けてもらう」

「なんと!」

「行き先は前話したことあるな?」

「どこでしょうか……?」


 ついついもったいぶってしまう。

 それだけ彼女に楽しんで欲しいのだ。


「水族館」

「すいぞくかん……ハッ」


 かつて俺が楽しそうに語り、セシリアが一番食い付いてきたもの。


『沼津港深海水族館』


 ――セシリアに海の底を見せてやる。




(第四話 女騎士の最高な一日 へ)

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