Chapter.2 妹

 とりあえず状況を整理しよう、と言いたいところだが顔を赤らめたセシリアの様子は全くそれどころじゃなくて、俺の服の襟を掴むとぐわんぐわんと揺さぶりながら質問攻めにしてくる。痛い。


「ねえどういうことですか!? 気付いてたんですか!? もしかしてずっと黙ってたんですか!?」


 これにはさすがに苦笑いするしかない。まさかこんな力技に出てくるとは思わなかった。こいつのことを侮りすぎていた。確かに、抱き付かれた気はしたのだ。

 転移する瞬間のちょっと前に。


 ……たぶんだけど、こいつ、絶対、後先何も考えずに来たんじゃ……。


「あんなの言われて黙っていられるわけないじゃないですか! どういうことですか!? え? えー!?」


 騒ぐな騒ぐな、と思ったけど俺に非がある上宥める言葉もない。

 代わりにハハハと乾いた笑みが出てくる。


「あーもう! ……斬ります」

「早まるんじゃない」


 腰に吊るした長剣を引き抜きスッと構えてくるイケメン女騎士に、瓦割りのようなチョップを落とす。「あでっ」と短く悲鳴を上げたセシリアがへにょへにょと床に崩れ込み、ようやっと俺らは落ち着きを取り戻すことが出来た。

 がっくし、と首が落ちるようだった。


「……………。これどうすんだ?」

「知りませんよもう」


 自暴自棄になってるな……。へたり込んだっきり一度も俺のことを見ずにフローリングの床を指先でなぞるセシリアに、俺は掛ける言葉を選んでいる。


 軽い気持ちの発言だったが、事が事になり責任を感じる。当然ながらセシリアにはセシリアの居場所があちらにあるわけで、俺こそ現実世界への帰還が褒美というマッチポンプなわけだが、パーティメンバーには一生遊んで暮らせる富と名声が約束されていた。


 どうにかしてやりたいのが本音だ。

 現実世界に……現代日本に、異世界から来た女騎士なんて。

 生きづらいにも程があるだろう。


「………」


 だんだん空気がお通夜じみてきたな……。

 お手上げ状態になってしまっていると、突如としてインターホンが鳴り響く。


「――敵ですか?」


 スッ、と構えるんじゃない女騎士。

 慣れていない音だろうけども。


 途端にピリつくセシリアをなだめて俺は玄関に足を運ぶ。

 しかし誰だ? なにぶん俺も三年ぶりの現代なので、何か注文していたっけ、誰か訪問するようなことがあったっけと頭にクエスチョンを浮かべながら出る。

 そこにいたのは俺より一回りほど背の低い、懐かしくなる人物の姿があった。


「あれ、元気そうじゃん。にい」


 妹だ。なんで来たのか分からん。

 俺は一人暮らしのはずである。


「……………おう。いや、なんで?」

「なんでって、お見舞いしに来てあげたんですけど……?」

「俺元気ですけど……」

「はあ?」

「顎をしゃくるな」


 改めて。訪問者は俺の妹に当たる、佐久間流花。高校二年生。大学入学を機に一人立ちした俺とは違い、まだ地元・富士宮市で実家暮らしをする。

 短めのダンス動画を上げるSNSでも活動しておりそこそこのフォロワー数もおり(※らしい)、それだけ多くの人に可愛がられる美人な妹ではあるのだが、まあ、俺に対しては語気が強い。


 ところでようやく思い出したのだが、召喚当時俺は風邪を引いていた。

 異世界で初めて見た魔法は治癒魔法だ。

 いまとなっては健康体でいる俺を、疑わしそうな目で見る妹。


「……まあ、でも具合は悪そうだね」

「なんでだよ」

「だって部屋のなかで靴履く? フツウ」


 ………………………………………………………………………………それは、確かに。

 まずいな。ぜんぜん意識していなかった。


 途端に押し黙る俺を見てニンマリと小馬鹿にして笑う妹を前に、俺は出迎えた側であるはずなのに玄関で靴を脱ぐ作業をする。なんだこれ。せめて靴は脱いで転移すればよかった。いまさらだけど廊下には土汚れが付いてしまっているし、セシリアに至ってはカーペットの上にいなかったか?


 なんで転移魔法陣洞にあるんだよ。

 めちゃくちゃ汚れてしまっている。


「あとそのビミョーに古めかしい服装はなんなの」

「別にいいだろうそこは」

「村人Aじゃん」


 んん俺英雄ですけど!

 なんだこいつ。ちくしょう。これでも普段着だわ。

 異世界産の服のままでいることがだんだん恥ずかしくなってくる。武器や装備を携帯したまま転移することはなかったが、服装や靴までは気が回らなかった。


 というか戻ってきてからこっち、五分足らずで人に会うとも思ってねえよ!


「というか早くお家に上げてよ。他にもおかしくなってないか心配になったよ、ルカは」

「悪いけどそれは無理」

「なんで立ち塞がるの?」

「ここは通せないぞ」


 だって通したらまずいものがある。妹をセシリアに会わせるわけにはいかない。鎧姿であることと俺の家に女がいること、そして日本人じゃないこと全部突っ込まれる。面倒くさい。それは死ぬほど面倒くさい。勘弁してほしい状況だ。

 だけど妹は食い下がってくる。


「ほら……俺元気だし」

「ウソ」

「ウソじゃないって。こんなにキビキビ動けるし」


 わっきわっきと身体を動かして健康であることをアピールする。立ち塞がる俺の体の隙間から、リビングを覗き見ようとする妹の視線に冷や汗を掻きながら。

 なんで俺こんな必死に踊ってるんだろう。


「何隠してるか教えてよ」

「何も隠してないからやめてくれ」


 妹のジト目はすごく苦手だ。う、と息が詰まりそうになりながら必死になって俺は誤魔化す。

 だが、俺には引けない理由があるのだ。

 ただでさえセシリアを待たせているのに、これ以上妹に時間を使うのは避けたい。


「……じゃあ、一万円やるから、今日のところは帰ってくれね?」

「ほんと!」


 そんなに笑顔で食い付かれるとちょっと後悔する。教育的に。

 引き気味に「お、おう」と頷き、約束を取り付けると財布を取りに行った。

 幸い、廊下に出しているワゴンラックに必需品を置く癖があったので、リビングまで行かずとも用は済む。

 先ほどまでの詮索が嘘のように行儀よく待つ現金な妹に、辟易とした。


「ありがと! んじゃあ、これ」


 お小遣いに対して、お返し、とばかりにずいと差し出されたコンビニ袋を受け取る。中身はプリンと風邪薬で、お見舞い用に買ってくれたもののようだ。


「えへへ、儲けちゃった」

「うん……まあ、お見舞いありがとう。母さんには変なこと言わないでくれ」

「はーい」


 そうして、機嫌のいい妹を追い返すことに成功する。

 一難去ったとほっと息を吐いていると、お次はセシリアがこちらを覗き込んできた。


「私、帰らないことにしました」

「……………この短時間で何を決意した?」

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