冷酷公爵と鉄仮面令嬢


 私が簡易調理場で実演している間に、ついてきてくれた領民と騎士団の人たちとで町の戸籍名簿を元に各家を回り、馬車の中の箱が少なくなってきたところで、ようやく人々の顔に笑顔が戻り始めた。


「ベルゼ領のおかげで冬が越せそうだ!!」

「あんな噂に惑わされていた自分たちが恥ずかしい……。ベルゼ公爵夫妻は心優しく聡明な貴族だ」


 そんな声が上がり始めた頃「どけ!! どけぇっ!!」と人だかりを割って進み入る煌びやかな服の軍団が現れた。


「ベルゼ公爵、久しいですなぁ」

 ニタニタと嫌な笑みを浮かべて先頭に出たのは、お腹にたくさんの脂肪──ゴホンッ、夢と希望を蓄えたような小柄な男性。

 確か、フォンテ公爵だったか。


「フォンテ公爵、お久しぶりです。それに、メゾル伯爵、ピアニス伯爵、そして──フレッツェル伯爵も」

 また厄介な貴族連中が首を揃えて……。


 フォンテ公爵の御子息であるニカ・フォンテ公爵令息、そして元父親であるフレッツェル伯爵までも引き連れている。

 フォンテ公爵令息は私の元婚約者でもあり、今はエレノアの婚約者でもある。

 全く、なんて組み合わせなのかしら。


「ベルゼ公爵。食料を持ってきたならばなぜ貴族街から配らない? 我々は貴族なんだぞ? 何故平民などの後に回されねばならんのだ」

「フォンテ公爵のおっしゃる通りだ!! メレディア!! お前、育ててもらった恩を忘れて──!!」

「そうよお姉様!! 恥を知りなさいっ!!」

「メレディア、やっぱり君は鉄仮面の何相応しい冷たい心の持ち主だな」


 ギャーギャーと好き勝手口にして騒ぐ音が混ざり合って耳に響く。


 あぁ……う・る・さ・い──!!


「貴様ら──!!」

「うるっさいですよ、皆様方」


 我慢するのはもうやめた。

 ここまで言われる筋合いはない。

 少なくとも、この人たちには。


「貴族だから何ですか? そんなに偉いことをあなた達はしたんですか? ただふんぞり返って、着飾り、暴食の限りを尽くすだけのあなた達が? ──笑わせないでくださるかしら? 本当にすごいのは、汗水流して田畑を耕し、税を納める国民でしょう? 一つの作物を育て収穫するのがどれだけ大変か、あなた達は知っていますか? どれだけ大変な作業か、どれだけ手間のかかることか知っていますか? そんな彼らよりも良い生活をして、お腹にたくさん溜め込んでおいてよく言いますね。育ててくれた恩? 私の誕生日もそっちのけで妹だけをみてきたくせに? 私が使用人に世話をしてもらうことなく、自分の服も自分で洗っていたのあなた達は見ているだけだった。私の食事だけが用意されない時だって、知らんぷりだったわ。私を見守ってくれたのは、アルトだけでした」


 止まらない。

 言葉が次々と溢れてくる。


「それにエレノア。恥を知りなさいですって? 人のものを勝手に持っていって壊したり、自分のものにしておいて、苦しくなったら助けて欲しいの? そっちこそ恥を知ったらどうなの、エレノア? 私がフォンテ公爵令息と婚約していた時も、いえ、それより前に婚約して破棄された元婚約者にも、私の悪い噂を吹き込んで関係を持っていたの、私が知らないとでも思っていたかしら? とんだ恥知らず──いえ、アバズレ令嬢ね」


「なっ!! 何を……っ」

 群衆の前で暴露された真実に顔を赤くして言葉を詰まらせるエレノア。

 それでもなお、私の声は口から溢れ出す。


「フォンテ公爵令息。鉄仮面上等よ。私の本当の顔は、旦那様であるロイド様だけが知っていてくれたらそれで良いわ。あなたには、鉄仮面な私で十分よ」


 言ったった。

 言ってやったわ!!

 長年の思い、ぶつけてやったわよ!!

 正直まだまだ言いたいことはあるけれど、それでも胸につっかえていたものを吐き出してスッキリしている自分がいる。


「おま……お前……!!」

 揃いも揃って顔を真っ赤にして。

 前までならば、ここから繰り出されるであろう大声での罵倒に身を縮こまらせていたけれど、もうそんな私じゃない。

 勇気をくれる人が、すぐそばにいるから。


「親にそんな無礼な口答えするとは──貴様!!」

「っ!!」


 振り上げられる元父親の分厚く大きな手のひら。

 あぁ、やっぱりあの手は、私にとっては私と手を繋いでくれるものではなかったんだな。

 そんなことを考えながら、訪れるであろう衝撃に備える──が──。


「うちの妻に暴力とは、良い度胸だな」


 降り積もる雪よりも冷たい声。

 私に向かうその手を止めたのは、それはそれは恐ろしい形相で睨みを効かせる、うちの旦那様だった。


「くっ……」

「物資は全家庭分用意している。大人しく屋敷で待っていろ。待てないのならば──この冬はご自身についているその蓄えた身を糧にして生きるんだな」


 お腹にボヨンと蓄えられた夢と希望。

 これだけあれば自給自足で冬越しできそうだ。


「なんて冷酷な……!!」

 絞り出された言葉に、ロイド様が薄く笑った。


「冷酷? あぁ、それは仕方がないだろう。【冷酷公爵】と【鉄仮面令嬢】と噂してきたのは──貴様らなのだから」


 言葉に責任を持たず、嘘の噂を流してきた、又は信じて噂を大きくしてきた彼らには良い薬だろう。


「ぐぐ……い、行くぞ!!」


 悔しげに顔を歪ませると、キラキラした目立つ集団はまた人の波をかき分け、自分たちの屋敷へと帰っていった。



「……言ったな」

「言っちゃいました。忘れてください」

 結構とんでもない発言をした自覚もある。

 できれば忘れて欲しい。


「忘れん。……よく言えたな」


 ぽつりと静かに落とされた柔らかい声。

 驚いて見上げると、翡翠色の双眸。

 そして二人、穏やかに微笑みあった。

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