抱擁(第2回 お題「甘い」)

 部屋に入るなり抱きついてきた男からは、うっすらと硝煙の匂いがした。

 いつもなら連絡もなく深夜に転がりこんでくるような男ではない。同じく危険な橋を渡る稼業にある女が在宅していたのは偶然だ。

 「私がいなかったらどうするつもりだったの?」

 「考えてなかった」

 女の身体に回す男の腕が、返答の刹那にかすかに震えた。男もそれを隠そうとはしない。

 おそらく、よほど撃ちたくない相手を撃たざるをえなかったのだろう。

 女は両手で男の頬をはさんで口づけた。あえて目を閉じて、男の表情は見ないでおく。

 朝まで、男の気が済むまで甘やかしてやろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る