第四話 エルウェンデにて

 エルウェンデに到着した一行は東の通用門に商人達と共に並んでいた。そろそろ日が傾いてきて夕刻であるからか出ていく者はおらず中に入る者ばかりである。


 「我々はタリオン、ニテアスからテライオンでの儀式に向かう者とその護衛だ。また、同行の者はエルウェンデの商人で蜥蜴人族に襲われているところを我々が保護した。確認願いたい」

 通用門でガラシング伍長が代表して口上を告げる。

 「護衛、お疲れ様です。ただいま確認致します」

 門衛がそう返事しテキパキと鑑札等を確認していく。

 「問題ありません。また商人達の保護もありがとうございました。」

 「蜥蜴人族の動きが活発になってきてるというのは本当のようだ。エルウェンデも注意したほうがよいぞ」

 「了解しました」

 そんな当たり障りのないやり取りで入門確認も終わり無事にエルウェンデへと入市すると商人たちとは別れ、ガラシング伍長の先導でまっすぐに宿屋へと向かった。

 明日、エルウェンデの長老タサリオン=ドルジョンとの挨拶がある予定になっているので、今夜はここで宿泊しなければならない。受付で二人部屋四つと一人部屋二つを確保してそれぞれの部屋ーーガラシング伍長、アルゴラス・エベット、ヴォロドール・エルロン、ネラドリエ、カレン・リン、アネル・エリーの各組みーーへと分かれて行った。


◆◆◆◆◆


 部屋にはいるとカレンは荷物を下ろし備え付けの椅子に腰を下ろす。

 「リン、宿の人にタライにお湯をもらってきてもらえるかな?」

 「うん。いってくるね」

 そう言ってすぐにリンは部屋を出ていく。 

 元気なリンに比べ戦闘があったことでカレンは疲れていた。

 (こんな事で疲れてられない。しっかりしなきゃ)


 しばらくしてリンがお湯をもらってもどってくると、カレンはリンの服を脱がせ身体を拭き清め始める。5日ほどお湯を使えなかったので久しぶりの清浄である。

 「おねえちゃん、くすぐったいよ」

 脇腹を拭いているとリンが身を捩って逃げようとする。

 「こーらー。ちゃんと綺麗に拭かないとダメでしょう?」

 しっかりとリンを捕まえて隅々まで拭き上げていく。




 ひとしきり拭き終わると今度は自分の番だ。

 リンに服を着せた後、自分の服を脱いで拭き清めていく。

 「おねえちゃん、背中拭いてあげる」

 「いいの?じゃぁお願いしようかな」

 リンが小さな手で一生懸命にカレンの背中を拭いていく。


 「リンー、ありがとう。もういいよ」

 そう言いながら振り返ってリンを抱きしめる。

 (そうよ。わたしがしっかりしないと。今日の事もあるんだから…)

 「よし。それじゃ着替えちゃうからご飯にしよっか」

 リンの頭に頬ずりしたあとにリンを離して着替えを始める。


 そうこうしているところにノックの音がした。

 出てみると、そこにはアネルとエリーネルがいた。

 「昼間はどうもありがとうございました」

 「ありがとうございました」

 二人揃って頭をさげている。

 「いえ、そんな大層なことじゃないですよ。どうぞ頭をあげてください」

 「はい。ありがとうございます。それでですね。よかったら一緒に食事でもどうかと思いまして、お誘いにきたんですよ」

 そうアネルが口にする。

 「そうなんですね。リン、どうする?」

 カレンが振り返ってリンを見、彼が頷くのを見て

 「それじゃ、ご一緒させてもらいますね。先に行っててもらってもいいですか?すぐに用意して下に降りていきますので」

 「それでは後ほど」

 アネル母子はもう一度あたまを下げると下がっていった。


◆◆◆◆◆


 リンとカレンが降りていくとアネル母子はまだ食事を注文せずに水を飲みつつ待っていた。そしてカレン達を見つけるとすっと立ち上がって目があうとお辞儀する。まだ時間が早いためか店内は混雑しておらず、数組の商人らしき者たちと奥のテーブルに警備隊の面々がいるのみであった。

 カレンはぐるりと店内の確認を終えるとリンを促してアネル達の席へと向かう途中、警備隊のうち茶色がかった金髪の隊員と目があい会釈をすると隊員同士で何か盛り上がっているようだ。ちょっと首を傾げつつも母子の席へとついた。


 店員の女性が注文を取りに来て、今日のおすすめだということで四人とも兎肉のシチューとパン、それに大人組は蜂蜜酒、子供組は果実を絞ったジュースを注文する。

 挨拶をして雑談をする間に注文した食事が届く。

 リンは緊張しているようでカレンに隠れるようにして食事をしようとするが食べにくいらしく非常に不自然な動きになっている。方やアネル母子の方もエリーはやはり硬くなっているが視線はしっかりとリンを見ている。やはり気になるようだ。


 「戦争がはじまるのかねぇ。東のルビアがカルマル王国とスレイン王国の間を行き来する商人を襲ったらしいんだよ。それでねぇ、去年あたりからは正統カルマル王国からノルド大公国を通ってスレイン王国に入る商人が増えているんだと。」

 「そんな遠くの国の争いなのにこちらの方にも影響があるのだな」

 「そうねぇ。スカニアもその影響で交易が盛んになってるそうだよ」

 会話をしているのは主に大人組の方で、アネルは宿屋を経営しているだけあってエルウェラウタの外の話しなど、リンの知らない事をたくさん話しくていた。


 「ところでリンくん」

 「…!?」

 話しかけられると思っていなかったリンがビクリとする。

 「うちのエリーとは同じ年だし仲良くしてやってね」

 「え…えと、あ!はい…」

 しどろもどろになって応えるリンの様子にクスリとしながらアネルはエリーにも促す。

 「ほーら、エリー。あなたもちゃんとご挨拶するのよ」

 エリーネルは真っ赤になって固まってしまっている。

 「あの…。エリーネルです。よろしくお願いします」

 なんとか小声でボソボソと自己紹介をして俯いてしまう。

 「リン…。リンランディアです。よろしく…お願いしま…す」

 リンの声はもっとボソボソとしてしまっている。

 そこから暫くアネル主導で二人の会話も行われたがどうにもぎこちない。

 「明日は長老様とのご挨拶もありますし、この辺で失礼しても?」

 見かねたカレンが解散の提案をする。

 「あらやだ。わたしったら話し込んじゃって。そうね。そうしましょうか」

 ほっとしつつも挨拶を交わし、リンと部屋へと戻っていった。


 部屋について落ち着いてからカレンがリンに話しかける。

 「リン、大丈夫かな?」

 「うん。すっごく緊張した」

 「そうだね。おねえちゃんもちょっと疲れちゃった。今日はもう寝ようか」

 そういいながら夜着に着替え自分のベッドへ腰掛ける。

 「リン、いっしょにねる?」

 不安そうなリンに声をかけると彼は黙って頷きカレンのベッドにやってきた。

 もそもそと布団に入り込むとギュッとカレンに抱きつく。

 そんなリンの頭をなでながら二人は眠りに落ちていった。


 翌朝、食堂で朝食を済ませると二人はきっちりとした衣装に着替え部屋で待機する。 長老との挨拶の為である。 暫くまっていると館から騎士が呼びに来て、一行は長老の館へと出向く。館につくと部屋に通され、またしばらく待っているとこれから長老がくると騎士が告げて行った。


 扉が開き長老が入ってくる。

 高齢であるが背がすっとのび、威厳のある顔つきをした銀髪に顎髭の長い人物である。

4人の前までやってくるとタサリオン=ドルジョンが口を開く。

 「昨夜はよく眠れたかな?昨日は小鬼妖族や蜥蜴人族との戦闘があったと聞いて心配しておったのだが、皆元気そうでなによりだ」

 そして皆を見渡すと返事をまたずに続ける

 「今日はこのあと、エルウェンデを出立してリノリオン、スヴァイトロを通って、テライオンへと向かうことになる。二集落からの者とも合流するので護衛も十名となりより安全になるだろう」

 ここで一旦言葉を切る。

 「何か質問はあるかな?」

 威圧感が強くて口を開ける者がいない。

 「ないようだな。では気をつけて行ってくるがよい。皆の上に精霊の加護がありますように」

 そう言うと踵を返して部屋を出ていった。


 長老が去っていくと誰からともなく大きくため息をつく。

 「ガラシングさん達も待ってることですし、いきましょうか」

 みなより少し早く立ち直ったカレンが皆を促し騎士に案内されて宿へ戻っていき、待っていた護衛隊の面々と合流し出発の準備を整えていく。


 そこへ騎馬が二騎やってきてとまる。

 それを見た護衛隊の面々が敬礼をした。

 「アーロン班長、お久しぶりです。おかわりないようで」

 「ガラシングか。怪我をしたっていうじゃないか」

 アーロンが鷹揚に返事をする。

 「ちょっと不覚を取りました」

 「まぁ、その割には元気そうだ。問題ないんだろう?」

 「はい。手当も終わってますので問題ないです」

 「そうか。それはよかった。よし、じゃお前は俺の荷物を積み込みしてくれ」

 後半は随伴の騎士に言った言葉だ。

 彼はここまでアーロンの荷物を運んできていたのだ。


 そんな様子を見ながら準備を終えたカレンとリンは馬車に乗り込んでいった。

 「班長さん、やさしそうな人でよかったね」

 「そうだな。この後合流する人たちもそうならいいな」

 「そうだね。おねえちゃん」

 そこへアネル母子も乗り込んできたので軽く会釈し腰の位置を調整する。

 そろそろ出発の時間だ。

 カレン、リン、アネル、エリーを乗せた馬車とアーロン班長を加えた護衛隊六名が乗った馬が大通りを抜け西門へ移動を開始した。

 昨日はバタバタしていて余裕がなかったが今日はリンも馬車の外を物珍し気に覗いている。大通りにはたくさんの露店が並び大勢の人々が行き交う。呼び込みの声も威勢よく響いている。

 建物も石造りのしっかりしたもので、その多くは石造りのしっかりしたものだ。

 ニテアスの大通りよりも道幅が広く取られており、その大通りを幾台もの馬車がすれ違っていく。

 エルウェンデはニテアスの凡そ六倍になる二万四千人ほどの人口を抱えたエルウェラウタ最大の都市なのだ。その賑わいは初めて見るリンの心を踊らせるものがある。楽しそうなリンの横顔を見ながらカレンも頬を綻ばせている。


 そんな大通りの様子も終わりがやってきて西門へたどり着いた。

 事前に通達が行っていた事もあり、出門の手続きは簡単に終わり再び馬車が動き出す。石造りの外壁に接続された街門を出て一行はルイリーン河沿いの街道をリノリオンに向けて進んでいった。


 リノリオンまでは凡そ十六・三ヒルファロス(約百七キロメートル)。馬車で二日の距離である。そこで一泊しリノリオンの三組六名と合流。馬車も二台となり次の目的地スヴァイトロまでの七・八ヒルファロス(約五十一キロメートル)を一日で移動。

 翌日、つまり四日後にテラリオンに向かう六組十二名が揃うことになっていた。


 その三日の移動中、懸念されていた蜥蜴人族の襲撃もなく予定通りにスヴァイトロに到着する。スヴァイトロは村の周囲に木柵がめぐらせてあるだけで人口千七百人ほどの小さな集落である。

 宿屋もないことから長老ギャリック=インヴィールの館に宿泊させてもらう。また、スヴァイトロはエルロンとヴォロドールの故郷であるため二人は実家に宿泊するとの事で別行動を取っている。

 ギャリック=インヴァールは華奢な者が多いエルフとしてはかなりがっしりした体格をしていて筋肉質。声も大きく豪放で親分肌の壮年の男である。

 小さな集落だけに子供が多いのが嬉しいらしく頻りとリン達に話しかけてくる。

 西のロガからは一組二名が四日前に出立し今日の昼過ぎににスヴァイトロに到着している。リン達の到着時間が既に日没間近だった為、顔合わせは翌日だそうだ。

 そうして賑やかに食事を終え一行はそれぞれの部屋で眠りに就いた。


 翌朝、リノリオンから馬車が二台となった一行だが、ロガからの二人はリン達の馬車に乗り込んできた。もう一台の馬車にはリノリオンからの六名が既に乗っている為だ。

 乗ってきたのは男の子とその母親。簡単に挨拶を済ませ席につく。

 いよいよテラリオンに向けての出発である。

 のどかな春の街道を二台の馬車とその護衛十一名が進んでいく。


ーーー

あとがき


やっとエルウェンデに到着です

馬車の移動大変ですねぇ。

車なら1時間ほどの距離を1日掛けて移動するのですから。


エルウェンデ~リノリオン~スヴァイトロまでちょっと駆け足でしたが

特筆すべきこともなかったのでお許しを。

また、合流したメンバーも特には話しに関わらないので紹介も省いてます。


登場人物のまとめ

・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公

・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師

・ガラシング伍長 ニテアス警備隊の隊員、護衛隊の伍長(五人長)

・ヴォロドール ニテアス警備隊の隊員、スヴァイトロ出身

・エルロン ニテアス警備隊の隊員、スヴァイトロ出身

ーーー

タサリオン=ドルジョン エルウェンデの長老

アーロン班長 エルウェンデの騎士、今回の護衛隊の隊長(十人長)

ーーー

アネル タリオンで宿屋を営む

エリーネル エリー アネルの娘

ーーー

・ギャリック=インヴィール スヴァイトロの長老


次回、1/28 18:00 更新予定

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