第7話千反田大治。1991・その1
「ダメになりそうなときは やっぱり
あれから2年近くが過ぎた。
世紀末を感じさせる1991年の終わりごろ、無責任に
千反田大治・14歳は書買サッカークラブ、のちのヴィクトリー川崎にユース生として在籍している。
あいもかわらず、ぶっきらぼうで、不器用で、口下手であった。
大治は書買のジュニアユースを飛び級している。
技術的にはもう教えることはない。教えられるものもいない。
だが、彼の弱点は決まっている。
未だ完成されていないフィジカルであった。
ドイツでプロであった『東洋のデータベース』こと
彼との1on1でもテクニックでは負けなかった。
ただ、大人と子供の身体能力の差が勝負の匙を決めた。
ここ2年で、大治のフィジカルはかなり鍛えられ改善された。
ただ大事をとって、大人との試合には使われていない。
14歳を越えて、大治は少し焦ってきた。
――あと1年で、A代表に入らなければ
日本のサッカーを巡る環境は整ってきた。
この年の7月1日、プロリーグの正式名称を『日本プロサッカーリーグ』とし、愛称を『Jリーグ』とすることが発表された。
『日本でサッカーなんか流行るのか』
『実現性がない』
『新リーグを引っ張るスターが少ない』
そんな、否定的な声が目立っている。
「Jリーグは成功するんじゃないですかね」
大治は『将来有望選手がこう申す』というサッカー雑誌の記事で取り上げられると、そうそっけなくコメントした。
書買サッカークラブは、野球チーム・書買タイタンズの親会社でもある。
Jリーグでの『書買ヴィクトリー』という名前を認めず、『ヴィクトリー川崎』という名前を使うことを強制された重役の中には、大治のコメントに露骨に嫌な顔をする者も大勢いた。
『ヴィクトリー』が川崎から東京に移転することによって、反感を買うことも大治は既に知っている。
だが、一介の中学生にそれを中止させる力があるはずもない。
日々、たゆまぬ練習をして、来るべき日に備える。
大治の技術は完成されている。
早く身体のほうも完成されなければならない。
165cm・53kg
千反田大治の身体はここまで成長した。
身長はまずまずだろう。
だが、体重が増えないために見た目はひょろがりだ。
体を当てられると弱いという致命的なウィークポイントを抱えてもいる。
※※※※※
「あっはっは。大治はよく喰うよなあ」
確かに大治は以前と比べてよく食べるようになった。
食べるのが仕事であるようであった。
「フィジカルアップのためだ」
箸で口に運んで、咀嚼する。
牛乳でそれらを掻っ込んで、また口に入れる。
「前、大治がキムチを牛乳で流し込んでたとこ、見たぞ」
「うへぇ~」
――なんとでも言え。俺は身体を作るというちゃんとした目的があるんだから
未来の自分を助けるために、今の自分が苦しむ。
受験勉強と一緒だ。将来、良い企業に就職するために、今勉強を頑張る。
大治はそう仮定している。
ある意味人間らしさを失うほど、トレーニングに集中している。
ランニングは毎日10キロは走ったし、腹筋は尻の皮が剥けるほどやっている。
前世以上の能力を得るために、よりストイックになった。
なぜなら、今の日本代表はアジア予選で敗退するレベルだからだ。
大治は前世で二度ワールドカップ予選を突破している。
しかし、それはJリーグが成熟して、日本サッカー界に安定して人材が供給されるようになったからだ。
今現在は、ほかのスポーツ、特に野球に人材を取られていて、レベルの高いサッカーの人口層は限りなく薄い。
『ドーハの悲劇』も決められた人材を集中的に強化してやっと辿り着けた場所である。
日本代表のレギュラーにひとりでも怪我人が出ると、取り返しがつかない。
実際、左サイドバックの人材難で予選敗退したのだ。
大治が逆行転生することで、何かが変わるかもしれない。
怪我人は左サイドバックではなく、アンカーになるかもしれない。
そういう理由で、大治はいろいろなポジションをやれるようにユーティリティな選手を目指している。
『ドーハの悲劇』のときの日本代表の12人目を目指しているとも言える。
バスケで言うシックス・マンだ。
どこに穴が開いても防げる、良く言えばオールラウンダー、悪く言えば便利屋。
結果として、前世はドリブル突破を得意とした右利きの選手であったが、平均的なレベルがより高くなり、両利きにもなった。
ディフェンス能力も向上しているはずだ。
身長的な意味でセンターバックの控えはできないが、それを除いたポジションならどこへでも対応できる。
※※※※※
そんな中、新しいユースの監督がやって来た。
「ボケッとしてんじゃねえ!」
開口一番、
「おまえらは書買ユース所属でエリートだと思っているかもしれん。だが俺に言わせればクソだ。設備の整った組織に身を委ねているだけで、ぬるま湯に浸かっているだけのただの餓鬼だ」
――確かにそうかもしれない
素直に大治は同意した。
ナニクソという思いで今頃はトップチームで活躍していたかもしない。
何しろ大治には、未来のトレーニング方法やら、試合結果やら、対戦相手の情報が手に入っているのだから。
ぬるま湯。一日の長どころではない。千日くらいのアドバンテージがあるはずだった。
「今のままでは甘ちゃんのおまえらがトップチームにあがることはねえ」
わかっているようでわかっていなかった。
書買ヴィクトリーは、元々スター選手が多い上に、Jリーグに向けて補強をしまくるのだ。
そこに14才の少年がポッと出で入る余地はないかもしれない。
――他のJリーグに加入予定のチームに入ればどうだったろう
そう大治は少し、弱気になる。
だけれども目指す場所が全日本であるならば、やはりスター選手が多い書買でレギュラーを獲るべきであろう。
頬を両手で叩いて気合を入れ直す。
「二ヶ月だ」
監督はユースの選手全員を見渡しながら、言った。
「二ヶ月後にトップチームと試合をする。よろこべ、勝ったらおまえらが一軍だ」
この新任監督は何を言っているのだ?
選手全員が混乱した。
トップチームに勝てるユースなどあるわけがないだろう。
書買ヴィクトリーは初年度Jリーグチャンピオンに輝くチームだ。
日本では最高峰のチーム。
トップレベルでやってきた大治も、今の書買ヴィクトリーは欧州の二部リーグ中位くらいの力はあると思っている。
世界最優秀選手に輝いた
「あの……負けたらどうなるんですか?」
あるひとりのユース選手が問うた。
「負けたら、解散。おまえらの書買でのサッカー人生は終わる。ごくろうさん、よそで経験を活かして頑張ってくれ」
動揺が走る。
ユースの面々は互いに顔を見合わせる。
その言葉に、少年たちは新監督に不信感を抱かざるを得なくなった。
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