その6 かの本の国より、変人まうで来むず

 天より響く声の出どころは、夕闇の空からゆっくりと舞い降りる白装束の一団でした。どういった方法なのか、人が生身で、遥か高みからゆっくりと地上に降りてきています。

 翁と帝は怪訝な表情で見上げ、玉は胡散臭そうなのが来たなと呆れ、かぐやは驚きで言葉を失っていました。

 天から舞い降りてきたのは、白い装束に身を包んだ十数人の男女でした。見た目から、下は十代から上は四十代と幅広い年代で、一様に薄い桃色の羽衣をひらひらと靡かせていました。

「なんだ、あの面妖な一団は…?」

「気に食わんな」

 翁と帝は天から舞い降りた怪しい集団に向けて鋭い視線を向けます。


 一団はすっと地面に降り立ちました。

「我が娘はそちらかな、地上人よ」

 舞い降りてきた集団の中の一人、先頭に立つ四十代と思しき精悍な顔つきの男性が口を開きます。

「娘、とな」

 翁は直感で、それがかぐやのことであると理解しました。

 かぐやの不思議な出自と、目の前の不思議な現象が、無関係とは思えなかったからです。

 翁が振り返ると、屋敷の軒から顔を覗かせ、緊張した表情を見せるかぐやの姿があり、俯いていました。

「ああ、やはりそこにいたか」

 男性は大仰に両腕を広げて芝居がかった仕草を見せます。

「心配したぞ、我が娘、フルムーン・月子つきこよ」


「「「……………………………………………………………え?」」」


 帝と玉、そして翁までも、男の発した「フルムーン・月子」に言葉を失いました。

「さぁ月へ帰るぞ、フルムーン・月子。まったく、親に心配かけさせおって―――」

「やめて!」

 男の言葉を遮って、かぐやは大きな声を上げました。

「いい加減にしろ、フルムーン・月子—――」

「だからその名前やめて!恥ずかしい!」

 かぐやは更に大きな声で父を名乗る男の発言を遮って叫びました。翁が経験した限り、一番感情的になっている姿でした。帝の求婚時よりも、よっぽど。

「わたしは、その名前が恥ずかしすぎるから、家を飛び出したのに!!」

 更に驚きです。

 なんと、かぐやは自分の本名が恥ずかしいがために家出したらしいのです。

 フルムーン・月子という響きのインパクトのせいで、集団が月から来たという、本来であれば一番驚くところが完全にすっ飛んでしまっていることに、まだ誰も気づいていません。

 月の男はため息を一つ吐きます。

「何も言わずに家を飛び出して転送機を使ったのはなぜかと思ったが、まさか名前が気に入らなかっただけとははな。嘆かわしいぞ、フルムーン・月子」

「だからやめて!そんな少女漫画家か変な占い師みたいな名前!」

 かぐやは月の男が口を開く度に発せられる本名に、半ば発狂します。

 なぜかぐやが竹の中に入っていたのか、その経緯がわかるかもしれない文言が出てきましたが、かぐやの羞恥の叫びによって有耶無耶にされました。


「もういいだろう」


 そのやり取りを制止したのは、遠雷のような低い声でした。

「この子は苦しんでいるのだ」

「お父様…」

 翁の言葉に、かぐやは思わず目に涙を浮かべます。

「不本意な名付けは、子供の未来の枷と知れ」

 たった数か月ではありますが、翁はかぐやを本当の娘のように接してきました。その親心が、子供の意思を無視して自分の道理を通そうとする月から来た男に不信感と反感を抱かせました。

「竹から出てきたから竹子ってのも大概だけどね」

「…………」

 玉が我慢できずに口にした「センスはどっこいどっこいだろ」というツッコミに翁は返す言葉を見つけられませんでした。

 それはさておき、

オレも貴様の物言いが気に食わんな」

 帝も月の男に食ってかかります。

「貴様はオレから―――愛しのかぐやたん朕の所有物を奪うと申したのだろう」

 かぐやは「お前のじゃねぇ」と言いたいのを我慢しました。なんかいい流れになってきたので。

 ここに来て初めて不機嫌そうに、月の男は表情を変えました。

「なんだ貴様は。貴様はフルムーン・月子の何だというのだ」

オレを誰かだと、痴れ者め」

 ふん、と帝はさも当然とばかりに天からの集団を見下すように言い放ちます。

オレはこの国の帝だ。そもそもだ、誰の許しを得てこの地に足をつけているのだ。今立ち去るならば、国外の無作法者として、寛大にも許してやるぞ」

 恐らく挑発に関しては右に出る者はいないであろう帝の発言に、月から来た集団はざわつきました。

 月の男は言います。

「フルムーン・月子を返す気はないと、そういうことだな」

オレに二度同じことを言わせるな。貴様らが拒否するならば、こちらも『力』を以って排するぞ」

「ほう、その言葉、後悔することになるぞ」

 何やら不穏な空気になってきました。

 ふと、月の男の表情から険が消えました。

「まぁ、今回は急な来訪だ。そちらも混乱していることだろう。明日また来ることにする。それまでに、フルムーン・月子をこちらに引き渡す覚悟を決めておくことだ」

 月の男をはじめ、天から舞い降りた集団は再び天へと昇っていきました。

 当事者であるかぐやはというと、『フルムーン・月子』と連呼される羞恥に耐えられずに端っこで丸まっていました。

 

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