第23話 ゲームセンター

「そういえばさっき公園でボートに乗ってた時にさ『俺はお前にだけは負けたくない』って、言ってただろ? あれ、なんでなの?」

 焼肉店を後にし、繁華街を歩きながらサトは隣のレンに訊ねた。

「そりゃあ……お前には、昔コテンパンにやられたからな……剣道で」

 レンはアルコールを摂取しても見た目がまったく変わらなかった。喋り方もいつも通りの淡々としたものだ。

「え……ごめん、全然覚えてない」

 その記憶が全くないサトは、すまなさそうにレンに言った。

「お前は勝った側だから記憶にないんだろう。負けた方は、悔しいから記憶に残るんだ」

「あ、そっか……なるほどねぇ……なあ、じゃあゲームで勝負しようぜ! そこのゲームセンターで!」

 ニヤリと笑ってサトは道の先に見えるゲームセンターを指さした。

「……お前、腕に自信があるのか?」

 微かに眉根を寄せて、レンはサトを見た。

「いや、ないけどさあ……なんか勝ち逃げしてるみたいで気持ち悪いから……別にゲームじゃなくてもいいけど、なにか勝負したい」

 サトは真面目な表情でレンに言った。

「……いいだろう、ゲームで勝負しよう」

 レンはニヤリと笑って頷いた。

「あれ……もしかして隊長、ゲームに自信ある人?」

 微かに嫌な予感を覚え、サトは眉根を寄せた。

「いや、ゲームセンターなんて久しく行ってない……腕はなまってると思うぞ」

「よし! じゃあ、勝負だ!」

 サトは張り切ってゲームセンターに足を踏み入れる。

 まず始めに選んだ対戦ゲームはレーシングゲームだった。

 画面上のコースにゴールした順番によって、順位が決まるゲームだ。

「よーし、絶対負けないぞ!」

 意気込むサトの赤いスポーツカーは、カーブを曲がりきれずにあっけなくコースアウトし、後ろを走っていたレンの青いスポーツカーにあっさりと抜かされていった。

「……なに、このカーブ!」

 サトは悔しげに隣のレンを睨みつけて叫んだ。

「……ブレーキの踏み方とコースの取り方がダメなんだ」

 レンは落ち着き払った声で言った。

「くっ……そんなことを言うとは……さては隊長、相当やり込んでるな?」

「まぁ……昔からあるからなぁ、このゲーム……実は中等部の頃けっこうやった」

「くそっ、やっぱりか! じゃあ次は違うゲームで勝負だ!」

 叫んだサトが次に選んだのは、モグラ叩きゲームである。

「これは自信あるぞ……これ、持ってろ!」

 サトは張り切ってカーキ色のジャケットを脱ぎ、横に立つレンに手渡した。

 サトは機械に小銭を投入し、付属のハンマーを握りしめて構える。

 出てくるモグラは、始めはスローリーで単調だ。

 だがそのリズムからフェイントをかけ始め、その後どんどん出現スピードがあがっていく。

「ど、どうだ」

 サトは懸命にモグラを追い、ミスは十回ほどだった。

「まっ、まあまあだな……ほら、次はお前の番だ」

「……絶対負けない」

 レンは呟きながらサトにジャケットを返し、ハンマーを握る。

「ふん、どうだかな……」

 勝ち誇ったように笑って腕を組むサトの前で、レンはノーミスでモグラ叩きゲームを終わらせた。

「……おい……ふざけんなよ……」

「これで二連勝だな」

 レンは目を点にしているサトにニヤリと笑って見せた。

「く、くそう……勝つまで絶対にやめないからな!」

 サトは高らかに叫び、その後小さなバスケットゴールにボールを入れるゲームや、エアホッケーなどで対戦した。

「……か、勝てん……」

 その全てに惨敗し、サトはがくりと肩を落とした。

「まあ、気にするな……たかがゲームだ」

 レンはにこにこと笑ってサトに言った。

「なにが気にするなだ! 他人の気も知らないで嬉しそうにしやがって!」

 サトは苛々と叫ぶ。

「いや、お前を負かすのは長年の夢だったからな……まさか今日それが叶うとは思わなかった……しかも全勝とは……さすがに嬉しい」

 だがレンは喜びを素直に表現することをやめなかった。

「あぁ……もう興醒めだ……クレーンゲームでもやろう……」

 サトは可愛らしいぬいぐるみが山積みにされている数台のクレーンゲームを眺めながら言った。

「この恐竜のぬいぐるみ、かわいいな……トリケラトプスとか……プテラノドンもいいな……」

「取ってやろうか?」

「自分で取るからいい!」

 サトはムキになって隣のレンに叫ぶ。

「ふぅん……まあ、頑張れ」

「見られるとプレッシャーになるから、どっか行ってろ!」

「はいはい……」

 レンは苦笑しながら別のクレーンゲームを物色する。

「……と、取れないっ……」

 サトは再びがくりと肩を落とした。

 ゲームでレンに勝てなかっただけではなく、クレーンゲームでもサトは一つも景品を取ることができなかった。

「ほら」

 サトのところに戻ってきたレンが、手にした大きなビニール袋から何かを取り出し、それをポンとサトの頭に乗せた。

「え……まさか……」

 それを手にし、目視したサトは顔色を失ってワナワナと震えた。

 それはサトがどうやっても取れなかった、トリケラトプスのぬいぐるみだった。

「トリケラトプスで良かったんだよな? 他にもプテラノドン、ティラノサウルスにステゴザウルスもあるぞ」

「こ、コンプリートかよ……ふざけんなよ……」

「ん? なんだ素直じゃないな……喜ばないのか?」

 レンは微かに眉根を寄せた。

「要らなきゃ返せ。俺の部屋に飾るから」

「要るよ! 返すもんか!」

 サトは悔しげにぬいぐるみを抱え込んだ。

「……ウサギもあるぞ」

「……ウサギは可愛すぎるからいらない」

 サトの断り文句にレンは目を丸くした。

「……こんなに可愛いのにか」

 レンは袋からウサギのぬいぐるみを取り出し、サトに見せた。

「うん、確かに可愛い……可愛いけどさ……女が皆、可愛いもの好きだと思うなよ……私は恐竜の方がいい」

「……そうなのか……」

「……お母さんにあげたら? まあ、隊長の部屋に飾ってもいいけど」

 サトからの提案に、レンは一瞬黙り込んだ。

「……考えておく」

「うん……なあ、プテラノドンもくれ!」

「……仕方ないな……ほら」

 レンは苦笑いを浮かべながら袋からプテラノドンのぬいぐるみを取り出し、にこにこと笑うサトに手渡したのだった。

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