第2話 突撃

 あの馬鹿。

 紺野美加はベッドで横になっていたが起き上がった。腹立たし気に手にしたスマートフォンを睨みつける。彼氏の太田恭平に何度かけても電話に出やしない。

 メッセージアプリで送ったものもすべて未読のままスルーされていた。


 友人に言わせるとそういう束縛の強さが嫌がられるということらしいが、美加はこれぐらい普通だと思っている。

 美加に初めてできた恋人の恭平はちょっとチャラいところがあり、マメに連絡をくれないところが玉に瑕。

 それでも一緒に歩けば、通りすがりの女性から羨望の眼差しで見られるぐらい恭平はカッコイイ。


 バイト先の個人指導塾で知り合い、恭平の方から声をかけてきて付き合い始めた。

 塾に通っている生徒の女子高生に恭平が手を出したことがあると、バイト先の講師仲間の一人が言っているのを聞いたことがあるがやっかみだろうと気にもとめていない。

 ただ、女性にモテるだろうというのは想像がつくので、頻繁に連絡を入れていた。


 いつもなら返事が来ないまでもメッセージに既読のマークぐらいはつく。

 今日に限って全く既読にならないのが気になって仕方なかった。

 明後日には日帰りで海に行こうと約束をしている。

 そのことで確認したいことがあったので連絡しているのだった。


 どうしようか迷ったが、スマートフォンのとあるアイコンをタップする。

 恭平のスマートフォンにこっそり仕込んだのと同じ位置情報共有アプリを立ち上げた。

 地図が表示されて恭平のスマートフォンがある位置が表示される。


 電車で二時間ほどの距離にある温泉地の地名の文字の近くに黄色い丸があった。もう数時間その場所にいることになる。

 美加はスマートフォンの画面を二本の指で操作し地図を拡大した。

 あっ、という声が漏れて画面を凝視する。

 恭平の示す丸はサンパレスの名とともにHのマークが表示された四角い囲みの中にあった。

 

 峡谷ぞいを走る県道からちょっと奥に入った位置にあるホテル。

 美加もこういった場所にある場違いな外観の建物がいわゆるラブホテルだという程度の知識はある。

 男友達と出かけたはずなのに……。


 スマートフォンの上部に表示されている時刻を見た。

 昼の十一時を少し過ぎたばかりの数字が表示されている。

 何かの間違いかもしれない。

 しかし、頭の中で黒い疑念が渦巻いた。


 気になったことは解消しないと胸がぶすぶすと黒煙をあげて燃えそうだった。

 無駄に行動力のある美加はこのままやきもきするなら現地に行ってみる方がいいと考える。

 美加はエイッとベッドから出るとクローゼットを開けて着替え始める。


 動きやすいようにスカートではなくジーパンを選んだ。

 日差しが強いだろうと最後にキャップを被る。

 洗面所の鏡の前で確認した。

 こんな格好をしているとボーイッシュを通り越して男っぽさが出てしまっているが顔のパーツ自体は整っている。

 支度を終えると一人暮らしをしているアパートを飛び出して駅へと向かった。


 勢い込んで出てきたものの、目的地の最寄駅に到着する頃には美加の熱はすっかり冷めている。

 一時間ほど前に恭平の位置を示す丸が位置情報共有アプリの画面から消えていた。

 最後に見た時もホテルのある場所から移動していない。

 美加の連絡に気が付いて電源を切ったと推測できた。

 これはやましいことがあるからに違いない。


 駅前で一台だけ客待ちをしていたタクシーに乗ろうすると、追い抜いたスーツ姿の男に先に乗り込まれてしまう。

 タクシーが走り去ってしまい、美加はふくれっ面をした。

 あまり利用する客が居ないのか五分ほど待ってもタクシーがやってこない。

 時刻は二時過ぎで夏の太陽が容赦なく照り付けてくる。立っているだけで暑い。


 この段階でかなり嫌気がさしていたのだが、せっかくここまで来たのだからと美加はてくてくと歩き出した。

 数軒ある温泉宿の前には日帰り入浴の文字の看板が出ている。

 最悪の場合、温泉に入ってかえろうかな、と頭の隅で考えながら道を行き、県道に突き当たった。


 右に折れて歩き始める。

 峡谷沿いに散策する人がいるのか、谷側にはガードレールで仕切った歩道があった。

 道路から十メートルほど下を流れる川は涼し気だが道の上は照り返しもありただ暑い。

 流れ出る汗をぬぐいながら美加は歩いた。

 やっぱり温泉に入っていこう。


 三十分弱歩いたところでホテルの文字と左に曲がる矢印の看板を見つける。ところどころ文字が消えかかっていた。

 左に折れる道のところでガードレールを乗り越えて道路を渡る。

 一応は舗装されゆるい坂道となっている小道を登っていった。


 ここまで来て美加はどうやって恭平のいる部屋に入ればいいのかという問題に思い当たる。

 迂闊と言えば迂闊な話だった。

 太田恭平が泊っている部屋はどこですかとフロントで聞けば教えてくれるだろうか?

 そもそもラブホテルに対面のフロントはない場合もあるということに、まだ利用したことのない美加は気づいていない。


 坂を登り切り道を曲がると視界が開け、目の前にヨーロッパのお城のまがい物のような建物が目に入った。

 どうやって部屋を聞き出すかという心配は無用だと知る。

 美加の目の前の締め切った門扉は錆びつき、建物の窓は割れ、どう見ても営業しているようには見えなかった。

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