第6話 かいだし


「鎌倉さんは、なにか苦手な食べ物はある?」

「……いやあ、うんまあ、そんなにない、かな、たぶん」

「そう」

「あ、ちょっと待って、」

「なに?」

「その……人参はちょっと、あれかな。私、馬とかじゃないしさ。それはちょっと要らないかもだから、棚に戻そうか」

「はあ?」

「……」

「あるんじゃん、苦手なもの。隠さないで素直に言えばいいのに……」

「いやあ、あはは……あっ!」

「今度はなに?」

「ダメだよ、夜野ちゃん。セロリなんてもっとダメ。それは食べ物じゃないもん。ダメだよ。今すぐ棚に戻して」

「……」

「……な、なに、その目は」

「別に」

「仕方ないじゃん、好き嫌いは誰にでもあるんだって」

「なにも言ってないでしょ」

「むう……」


 二人で食事に行ったその翌日のことだった。

 学校が終わった私たちは、こうして二人でスーパーマーケットに来たりしていた。

 目的は、夕御飯の買い出しだ。


 私の出した「提案」は別に大したことじゃない。

 いちいちお店でご飯を奢ってもらうのではあまりに一方的すぎるので、こんな風に放課後にスーパーに立ち寄って食材を買って、鎌倉さんの家で私が晩御飯を作るのはどうか――というものだった。


「……夜野ちゃん、料理できるの?」

「……まあ、少しは」

「へええ、すごい」

「そんなに大したものはできないけど」

「それでもすごいよ――うん、それいいね」


 と、いうように私の提案は無事受け入れられたので、こうして私たちは放課後にスーパーマーケットに来て、こうしてカートを押したりしているというわけだ。


「しかし、新鮮だよね。こういうの」


 鎌倉さんは、私がせっかく選んだ色つやのいいセロリを元の棚に戻しながらそう言う。


「帰り道にスーパーに寄るなんてさ、なんかこう、まるでにでもなった気分」

「……そうだねー」


 『お母さん』、と聞くとなんとなく浮かんできてしまう苦い気持ちを悟られないように気を付けながら、私は相づちを打った。

 しかし鎌倉さんはなにも気にする様子もなく、「ねえねえ見て、白いブロッコリーがあるよ」なんて言っている。


「それはカリフラワー、って言うんだよ」

「へえ、美味いのかな」

「買ってみる?」

「……苦くない?」

「たぶんね」

「まあ、それなら」


 とまあ、こんな調子で楽しそうにしているので、まあ良しとする。

 私の方も新鮮な気持ちだった。

 学校の最寄り駅から二駅先の、初めて来る街。

 見たことのない初めて見る名前のスーパーマーケット。

 そんな場所に同級生と二人でいるというのも初めてのことだし、こうして学校帰りに夕御飯の買い出しをする、というのもずいぶん久しぶりのことだ。


「そういえば、鎌倉さんの家には調味料とかはあるの?」

「うんまあ……姉がたまに料理したりするから、一通りはあると思う」

「へえ、お姉さんがいるんだね」

「……いるよー、大学生で一人暮らしをしてるんだけど、時々帰ってくるんだよね」

「へえ」


 姉妹かあ、と私は思った。

 一人っ子の私には縁のない概念だ。


「ねえ、お姉さんがいるってどんな感じ?」


 試しにそう訊いてみる。

 鎌倉さんは口元に手を当てて悩むような仕草を見せたあと、


「……そんなに絡みはない、かな」


 と答えた。


「うちって基本的に個人主義だからさ、姉ともあんまり話したりはしないんだよね。昔から」

「へえ」

「ああでも、家を出て一人で暮らすようになってから、逆に私のことを気にしてくるようになったかも」 


 ――また外食ばっかりしてるの、とか

 ――高校に入って友達とかは出来たの、とか


「たまに帰ってくるなり、そんな風に聞いてくるもんだからさ。それはそれでうざいなあって」

「ふーん」


 と、鎌倉さんのそんな話を聞きながら、私のなかに「鎌倉さんのお姉さん」像が出来ていく。

 どんな人だろう。鎌倉さんに似ているのだとしたらきっと、にこにことして愛想のいい感じだろうか。でも話を聞く限りはもうちょっとお堅そうな性格をしているような気もする。

 いずれにせよ、会ってみたいような、ちょっと気後れもしてしまうような。


「……お姉さん、ねえ」

「夜野ちゃんは、兄妹とかいないの?」

「うん」


 別に姉とか兄とかを欲しいと思ったことはない。

 ないけど、でももしも例えばあの日――母親が冷たい冬の夜の外へ出て行ったあの日――、もしも姉とかそういう存在がこの側にいたんだとしたら、その後の展開も少しは変わったのかなあ、とは思う。


『なんかお母さん、疲れてるんかねえ』


 なんて言って、私の頭をぽんぽん叩いてくれたりしたかもしれない。

 リビングに戻って、残しておいた晩御飯を一緒に食べたりしてくれたかもしれない。

 ゴミ箱に棄てられたそれらを見て、一人で悲しい思いをしなくて済んだかもしれない。

 ――とは思う。


「……」

「夜野ちゃん?」

「……なんでもない。それより、他に欲しいものとかはある?」

「あ、お菓子も買わなきゃ。月の光のクッキーのやつ」

「なにそれ?」

「美味しいんだよ」


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