幸せな食卓

きつね月

第一章 出会いの二日間

第1話 おさそい


「ねえ、夜野よるのちゃん」


 ゴールデンウィークも終わり、そろそろ暑くなってくるような気配の混じった五月の風が吹く放課後のこと。


 帰ろうとした私が校門の辺りを一人で歩いていると、普段絡みのない子が話しかけてきた。たしか、鎌倉笑美子かまくらえみこ――という名前の、あまり話したこともない、そんなに仲がいいとも言えないクラスメイトだ。

 まあ、仲がよくないと言っても、向こうにそういう意識はないかもしれない。

 鎌倉さんは社交的な感じで、いつも友達と一緒にいるのをよく見る。

 その表情はにこにこしている感じで、なんだか満たされている感じで。そういう相手とは距離をおきたくなってしまうのが私の悪い癖なのだ。


「なに?」


 私が答えると、鎌倉さんは「えっとね……」となんだか話しにくそうにしている。

 その様子を言葉に表すと、もじもじしているって感じ。

 一体なんだというのか。


「なに、用がないなら帰るけど」

「い、いや、そうじゃなくて。あのね、夜野ちゃん――かな?」


 彼女の口からそう続いたとき、私は思わず「は?」と聞き返していた。


「おなか?」

「いや、ほら、夜野ちゃんっていつもお昼菓子パンじゃん。しかも一個だけ。あれじゃあお腹が空かないのかなって、いつも思っててさ」

「……だったらなんなの?」

「こ、これから一緒にご飯でもどう、かなって」

「……」


 そんな風に話す鎌倉さんのことを眺めながら、私は背後にあるなにかを察していた。


 はあ。


 放課後の夕暮れどき。やがて落ち行く陽の光が私たち二人だけの影を長く伸ばしている。

 いつもは友達に囲まれて帰宅している彼女が、今日に限って一人きり。

 そういうのってさ、つまり――


「あの、からかってる?」

「え?」


 高校生にもなって、まったく、小学生みたいなやり方だと思う。

 一人が大して仲のよくない相手に突拍子もないことを言って、周りで隠れている奴らがその反応を見て楽しむという。大方、友達同士の罰ゲームにでも負けたんだろう。普通こういうのは、告白だとかそういうものをネタにするものだと思うけど、まあこういうパターンもあるんだろう。知らないけどさ。

 

 ああやだやだ。

 

 まあ確かに私は友達も少なくて社交的なタイプでもないけれど、でもこんな扱いを受けるのは心外だ――そう判断した私がその場を立ち去ろうとすると、慌てて呼び止められた。


「ちょっ、まって。違うから、からかってるとかじゃないから」

「……じゃあなんなの。友達でもない相手にいきなりそんなこと言わないでしょ」

「ごめんごめん、ちょっと回りくどかったよね。あのね、本当に話をしたかっただけなの」


 だけど夜野ちゃん、教室だといつも本読んでるしさ、放課後は一瞬で帰っちゃうしで話しかけるタイミングも話題もないもんだからさ、だからこんないきなりな感じになっちゃったの――


 そう話す鎌倉さんは今度はなんだか焦っているように見えて、額にはうっすらと汗がにじんでいる。

 からかっているだけにしては、少し必死すぎるような気もする。


「……」

「だ、だからね、別にご飯とかじゃなくてもいいから、ちょっとだけ話せないかなって」

「……まあ、そういうことなら」


 いいけど――と答えようとして、その時とてもタイミングの悪いことに、私のお腹がぐう、と鳴った。高校二年生という成長期を菓子パンひとつで乗りきれないことは、残念ながら私のお腹が一番よくわかっていた。


「……」

「……ご飯、行こうか?」

「……私、お金ない」

「もちろん奢るよ」


 こっちから誘ったんだしさ――そう言う鎌倉さんのその笑顔からは、偽りの様子もからかう意図も感じられないように見えた。





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