白昼夢


タタン タタン


「向かい側失礼するよ」

「田舎の電車は息苦しくなくて良いねぇ」

「都会の電車乗った事あるかい?あまりに窮屈でもう乗りたくないって思ったよ」

「遊びに行く分には楽しいんだけどさ」


タタン タタン


「君が最近研究所を出入りし始めたっていうのは所長から聞いたんだ」

「いずれちゃんと会えると思う」

「というか会いに行くよ」

「あの偏屈な男と仲良く出来るなんてそれだけで珍しいからね!」

「近々『家賃』を取りに行くからその時会えると思う」

「ああ、そろそろ駅に着くね。ではお先に失礼」

「寝過ごしちゃ駄目だよ」


タタン タタン


 耳障りなブレーキ音で眠りの海に沈んでいた意識が浮上する。何度か瞬きをして欠伸をしながら固まってしまった体を伸ばした。まだ微睡みが張り付いたまま電車内を見回す。私以外に乗客は無く、吊革と車内広告が微かに揺れているだけだ。朝や夕方であれば会社や学校へ行く人々でそれなりに埋まるのだが、昼間は閑散としていて殆ど利用客がいない。地方の小さな町を通る鉄道なので当たり前と言えば当たり前だ。だがこうして人目を気にせず乗車していられるのはとても快適で気に入っている。電車が駅へ滑り込む。膝の上に置いていた文庫本を鞄へしまい立ち上がった。駅のホームへ降りようとした瞬間、眠っている間に見た夢を思い出しそうになって立ち止まった。


誰かが私の前にいた。

何処かの誰かによく似た深い靑色の目がこっちを見ていた。

何かを言われた。

何かを


 思い出した夢は発車を告げる音楽に掻き消される。慌ててホームへ降りて走り出す電車へ視線を向ければ、空白だけを乗せた電車が線路の上を走り去って行った。夢への関心はすぐに薄れていく。今日次の原稿の事について打ち合わせをしてきたばかりだから人と話す夢を見たのだろうと自分を納得させ、ホームを後にした。


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