第4話   忠告

 56-04

「質素なのは外観だけでは無いな!」と京極専務が言った時、社長の小諸郁雄が入ってきた。白髪頭の小さな男だった。

「僅かな取引なのに、次期社長様にお越し頂いて恐縮です」そう言って京極専務へ名刺を差し出した。

「いいえ、大阪に用事がございまして参りました」次期社長と言われて急に気を良くした京極専務。

「大阪に今朝いらっしゃったのですか?」

「いいえ、昨日頒布会の大手に商談があって関西に来たので寄らせて頂きました」

「頒布会の大手と申しますと、もしかしてモーリスでしょうか?」

「はい、そのモーリスに行って参りました」

「宝石を散りばめた鷹でしたか?鷲をご覧になられましたか?」

「は、はい時価一億円とお聞きしました」

「一億もするのですか?流石上場企業ですね!若造がバイヤーをしていたでしょう?」

「はい、よくご存じですね!」

「私も一度商談に伺ったのですよ!商談は成立しませんでしたがね!」

京極専務は、この言葉が気になって「商材はどの様な物で?」と尋ねた。

「先方から連絡があって伺ったのですが、基本的には当社の様な卸売業とは取引が困難なのですが、それを先方のバイヤーが知らずに問い合わせて来た様ですね」

「なる程!」

「千歳製菓さんなら製造工場ですからお取引が可能でしょう」

「工場を持つ会社が条件なのですね」

「若いバイヤーが一億売れると言ったでしょう?」微笑みながら言う小諸社長。

「は、はい!よくご存じで」

事務員がお茶を運んで来た。

赤城課長も忘れていたのか、自社の手土産の饅頭の包を慌てて差し出した。

「ご丁寧にありがとうございます。モーリスの売り文句のひとつでしょうね、誰にでも一億売れると話す様ですよ!」

「そうなのですか?一億は売り言葉なのですね!」と笑う京極専務だが、腹の中で自分の会社は取引が出来たが、この小諸物産は取引が出来なかったから、この様な話をするのだと半ば馬鹿にして聞いていた。

「商談の待合室で、他の会社の営業部長さんがモーリスと取引されるのなら、充分気を付けなさいと話してくれました」

「どの様な会社の方ですか?」

「漬け物会社の部長さんでしたが、ご本人もこの商談が最後で退職されると話されました。私が商談前にそれを聞いていましたので、商談も上手く運ばなかったと思います」

小諸社長とは、結局モリーリスの話しばかりに終始して、注意して商売をしてくださいと忠告を貰って終わった。

会社を出ると急に怒り始める京極専務は「自分の会社が取引出来なかったので、嫌味が多かったな!」

「そうでしょうね!」

「漬け物会社の話しも眉唾ものだ!」

「でも次期社長と専務の事を・・・」

「世間では私が次期社長になっている様だな。是非とも社長にならねばな!来週直ぐに見積りを作ってモーリスに送ろう!」朝の二日酔いも忘れてバスに揺られて神戸駅に向う二人。

「もう二度とこの会社には来ない様にしよう、遠い!疲れる!」と京極専務は再び怒りだした。


赤城課長の自宅では、夕食時に鷹の置物の話しと大きな魚の話しで盛り上がっている。

美沙が「それって、取引先に対して威圧感を示しているのでは?」

「確かにな!高価な生き物、高価な置物、強烈な販売量だったからな!」

その話しの続きで小諸物産での出来事を話すと、美沙が「私の直感だけれど、その社長さんの話が正解の様な気がするわ」と言って微笑むと食事を終えて自分の部屋に消えた。

「最近美沙、綺麗になって来たな!それに大人顔負けの事を言うようになったよ」

「だってもう高校三年生ですよ!」妙子が微笑みながら言った。

「直ぐに彼氏の一人や二人連れて来るかも知れないな」

「でも商談が上手く進んで専務さんも上機嫌だったのでしょう?」

「売上げが飛躍的に伸びたら、給料も上がるだろう?美沙の結婚の時には助かるかも知れない」

「美沙はそんなに早くお嫁には行かないと思いますよ!」

「何故判る!美人だから直ぐに彼氏が出来る!既に居るかも知れない」

「大丈夫ですよ!美沙はお父さんが理想だと言っていましたから、中々世の中に貴方程変な人はいませんよ!」と言って大笑いをする妙子に信紀もつられて一緒に笑った。


月曜日、赤城は早速見積書を作成し京極専務の確認を取りに伺った。

前日の日曜日に妻と一緒に、宮代宅を訪れて商談内容を報告し増産体制の構築まで話しを進めていた京極専務は、赤城課長の作成した見積書に目を通すと「少し高くないか?送料は先方が払うのだろう?最初だから是が非でも納入したい!社長に間違い無く決まると話してしまったからな!」と言った。

京極専務は、宮代社長から自分の後を託す様な言葉をもらっていたので益々張り切っていた。

慎重に検討した結果、当初の見積りよりも三%安くすることになり、バイヤーの庄司にFAXした。

この取り引きが後々赤城課長を苦しめる事になるとはその時は知る筈も無く、二人は先方からの返事を心待ちにした。

柏餅の白、よもぎ、ちまきの詰め合わせで提案、柏餅の葉は国産品、外国産、ナイロン製と三種類を提案していた。

価格に相当な開きが生じるので、京極専務は儲け重視ならナイロンか外国製だと予測していた。

しかし予想に反して、庄司から全て国産品でとの連絡がその日の夕方にあった。理由は『モーリスでは良い品物をお届け』が信条で、特に食品では国産を販売するとのことだった。


赤城課長が、自宅に帰ってその話をすると、美沙がネットで調べて「モーリスって海外の果物も販売しているから、それ程国産には特化していないわ」と話した。

「和菓子だから国産のイメージなのだろう?明日バイヤーに尋ねてみよう」

「お父さんの会社で、そんなに大量に製造出来るの?」

「大丈夫だと思う!今後発注が増えたら人を多数増員する事になるだろうな」

赤城課長はモーリスのことが頭から離れないので、自宅でも会社でも毎日の様に話していた。



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