第28話 犯人《後》②
二限目が終わる頃。
グラウンドのゴミ拾いをしている久保田を見つけた匠真は
「学校の外に、見るからに怖そうな人がいる」
と言って、声をかけた。
その瞬間、雪だるまのように丸々とした体が素早く起き上がり、フクロウのような大きな目がキラリと光った。
「ああ!あなた、この学校は初めてだから知らないのね!」
と、手を打つ久保田は、フガフガと鼻息を荒くしながら匠真に詰め寄る。
「ねねっ、あの人、ヤクザっぽいでしょ~!?」
「はい、ヤクザっぽいです」
「うちの学校とは縁がなさそうじゃな~い!?」
「はい、縁がなさそうです」
「でもねぇ~…実は、とある2年生の子の身内なのよぉ~!」
「わぁ、そうなんですねぇ!」
噂好きの血が騒いでいるのだろう。
目を爛々と輝かせて喋る久保田の気分を削がないよう、匠真は精一杯の驚いた反応をしてみせる。棒読みすぎるよ。と、方泉が居たらツッコミそうな演技だが、気を良くした久保田は、勝手にペラペラと話し出す。
「超過保護なのかさ~、授業中は毎日ここで見張ってるのよぉ。雨の日もよ!?雨の日も!」
「へぇ、それは凄いですね!」
「近所の人も怖がってるからさ~、『ここでうろつかないように言ってください!』って、ずっと教頭先生にお願いしてたのよぉ。でも『私は忙しいから…』な~んて言って、全然対応してくれなくてさ~」
「ほぉ、それは困りますね!」
「でしょぉ~!?でもね、今までずーっと対応してくれなかったのに…先々月くらいかしら…急にあのヤクザの人に声をかけに行ったのよ!……何でだと思う?」
「えー、うーん、分かりません!」
お手上げのポーズをとりながら、首を傾げてみる。
すると、久保田はキョロキョロと辺りを見回す。そして誰も居ないことを確認すると、ヒソヒソ声で話し始めた。
「ねぇ、あんた…他の人に内緒にしてくれる?」
「はい、勿論!」
「絶対の絶対よ!!……実はね、その時の話し声がちょっと聞こえちゃったの…知りたい?」
ぐふっ、と嬉しそうにニヤケた口元を、ぷにぷにの手のひらで抑える。
「えーっ、知りたいですー。何て言ってたんですかぁ?」
「教えてくださいー」と駄々っ子のように体を揺らす。すると、久保田は気持ち良さそうに鼻から息を吐いた。
「あのヤクザの身内の…ほら、生徒の子にね。何か問題が起こったらしいのよ。それを教頭先生が、『お金で解決してあげる』って言ってたのよぉ~!大スクープじゃなぁい!?」
特ダネを掴んだことが余程嬉しいらしい。
久保田は喜びを噛み締めるように拳を握り、恍惚の表情で体を震わせる。
「お金…」
そう呟いた匠真は、暫し思案する。そして、「あっ、ゴミの回収頼まれてたんだったぁ」と言うと、木戸の情報を早口言葉のように語っている久保田にお礼を言い、職員室に向かった。
しかし、その途中で方泉の眼鏡から通信異常の報告が来たり。
映像を確認したら、方泉が怪我をしてしまった事を知ったり。
心配して保健室に行ったついでに、“笹野組の身内が2年にいる。笹野組と教頭の間に金銭トラブルあり”と書いたメモをハンカチに挟んで方泉に渡したり。
方泉の対応と“派遣清掃員”として任された仕事をこなしつつ、何とか辿り着いた職員室。匠真はゴミの回収を装って、木戸の机に近づいた。
運良くその場に木戸は居なかった。室内にいる教師達も少ない。
今がチャンスだと、手早く引き出しを開けていく。一番上の引き出しのみ鍵がかかっていることを怪しんだ匠真は、慣れた手付きでピッキングをする。
そうして出てきたのが、あの手紙と名刺だった。
「匠真のメモを見て、笹野さんが笹野組のお嬢さんだと確信して、教頭先生の机から出てきた手紙とその内容、そして名刺についての報告メールを見て、笹野さんが手紙を出した本人だって確信したんだ」
「すご~い!サラッと犯人に辿り着くなんて、流石探偵ですね!」
「いや、たまたま運が良かっただけだよ。手紙に使われた文字が“松極”だったり、偶然イベントで2人を見かけていたり、SNSの写真とか…久保田さんとか、色々ね」
感動するゆめに、「こんなにスムーズに事が進むなんて、そうないよ」と方泉が言う。
「匠真さんは職員室に居たんですよね?何で康と一緒にここに来たんですか?」
職員室と保健室は階も違うし、離れている。しかも、康は校門から入ってきた筈。
どこで会ったのだろう、と疑問を抱く凜々花に、匠真は口を開く。
「今日しか潜入調査をする時間がないので、早期解決の為にも康様から直接お話を聞こうと、急いで校門へ向かったのです。そうしましたら、血相を変えた康様が『お嬢~!!』と叫びながらこちらの方に走ってきたので、緊急事態だと思い、『私がお助けしましょうか』と声をかけたのです」
守衛や尾沢に追いかけられながらも、「ここってどこだ!?」とスマートフォンのGPSアプリを見せる康。ピカピカと光る赤い丸が留まっているのは保健室。
さて、どうするべきか。
方泉の指示を仰ごうとGPSを確認したところ、方泉も保健室に居たので、そのままここに連れてくる事にしたのだ。と、匠真は説明する。
「いつの間に私のスマホにGPSを…」
まん丸にした目をベッドに向ける凜々花。凝視されている本人は、後でこっぴどく叱られるとも知らず、幸せそうに寝息を立てている。
「匠真が連れて来てくれてよかったよ。松井校長に、康さんを学校に入れてくれってお願いしようと思っていたからね」
ありがとうと微笑む方泉に、匠真の口角が僅かに上がる。
「康さんが居なかったら、教頭先生に写真を見せても『笹野さんの勘違いだ』なんて言われて、上手く誤魔化されてたかもしれない」
「あぁ~!確かに!」
方泉に同意するゆめの横で、田原は「うーん」と唸る。
「でも…教頭先生、なんで手紙を残してたんだろうねぇ…私だったら絶対捨てるけどなぁ~」
「おぉ、俺もすぐ捨てるわ」
不思議そうに腕を組む田原と尾沢。
「……」
凜々花はずっと座り込んだままの木戸に目を向ける。涙はもう止まっているが、流れた跡が筋となって何本も頬に描かれている。
凜々花は木戸の方へ歩いて行くと、目の前で膝を付いた。
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