第24話 犯人《前》⑨



「えっ?あっ、あぁ~…教頭も知らなかったんじゃねぇのか?お嬢が笹野組の娘だって…だからお嬢を助けるつもりで提案してくれたんだろ?なぁ、教頭!そうだろ!?」


 康が口に手を添えて声を飛ばす。しかし、木戸は山から出てこない。

 

「私も康さんは騙されたのだと思います」

「!おいおい校長~。自分の部下を疑うなんて良くねぇぜ~?」


 きっぱりと言い切る松井の肩を、康は豪快に笑いながら叩く。


「いや…俺、聞いた気がするぜ?教頭先生も、笹野の事は知ってるって」


 尾沢が腕を組みながら眉間に皺を寄せる。

 すると、笑っていた康の顔がピタリと固まった。


「…えぇ?…だって…俺、教頭に初めて声かけられた時に、言われたぜ?」


 凜々花の授業中はこっそり学校の外で見守る。そんな日課を電柱の陰でしていた時だ。


「あなた、2年B組の笹野凜々花さんの家の人でしょう?笹野さん、実はあの有名なヤクザ、“笹野組”の娘さんなんだってねぇ。私もこの前、生徒の噂を耳にして初めて知りましたよ…」


 と、箒を持った教頭が、神妙な顔で話しかけてきたのだ。

 その時に提案されたのが、噂が出回らないようにする為の金銭解決。焦った康が提案を呑んでからは、電話番号を交換し、とんとん拍子に話が進んでいったのだが。


「ありゃぁ嘘を吐いてるような顔には…」


 見えない。と、思う。

 というか、凜々花を助けようとしてくれた人が悪い奴なんて、思いたくない。

 空笑いをする康に、松井ははっきりと首を振る。


「いえ、知らないなんて嘘です。笹野さんの入試の面接の際に、教頭先生も居ましたもの。その時に『この会社、あの“笹野組”の会社じゃありませんか?』と一番最初に気付いたのも、教頭先生でしたから」


 そう断言する松井に、康の顔から笑顔が消えていく。


「じゃあ…何だ…俺は、本当に騙されていたのか…?」

「康様が見るからに単純そうなので、騙してもバレないと思われたのでしょう」

「あぁん!?」

「ちょっと、匠真!失礼だよ!」

「…申し訳ありません。先程の先生方の話を聞いても、木戸様を疑いもせずに笑っていらっしゃるので、つい…」 


 怒った方泉に腕を掴まれるが、匠真はシレッとした顔で謝る。


「こいつっ…!!バカにしやがって!」


 息巻く康が匠真に殴りかかろうとする。その拳を、凜々花がパッと掴んだ。


「康、皆の言う通りだよ…教頭先生は私の家の事を知ってるのに、知らないフリをして康に近づいた。…しかも、嘘の噂まででっち上げてお金を要求しただけじゃなく、嘘がバレないように、口止めまでした…。どう考えても騙されたんだよ、教頭先生に」


 真剣な瞳で凜々花から見つめられ、康の頭は真っ白になる。

 何故。酷い。悔しい。悲しい。許せない。

 ブワッと湧き出る思考と感情の量に、追いつけない。ただただ口をぱくつかせた康は、やがて「うおぉ――っ!!」と叫び声を上げると、ベッドの横へズンズンと大股で進んだ。


「テメェ!!」


 風船が破裂したような大声が響き、布団が小さく揺れる。


「俺はなぁ!お嬢の一大事だと思って、すっげぇ心配したんだよ!!お嬢を救えるならと思って、金だって渡したんだ!!なのに、全部嘘だと!?ヤクザを騙すなんて良い度胸してやがるじゃねぇか!…おい!ずっと布団に隠れてねぇでなんとか言えやコラァ!」


 怒鳴りつける康の目が抗争最中の如く血走っている。血管の浮き出た手が布団に伸び、鷲掴もうとした時。康の体がカクンと膝から崩れ落ちた。


「康!」

「申し訳ありません。少々五月蠅いので、黙ってもらいました」


 でろんと脱力する康を、手刀をした手で支える。匠真は軽々と康を抱えると、空いているベッドに転がした。

 スタスタと方泉の隣に戻った匠真と入れ替わるように、松井がベッドの横へ歩いていく。


「教頭先生、どうしてこんな事をしたんですか?あなたのやっている事は犯罪ですよ?」


 コツコツと響く足音が、布団に閉じこもる耳に棘の様に突き刺さる。


「しかも大切な生徒とそのご家族を脅すなんて…人としても教育者としても神経を疑います」


 非難したきつい口調で言う松井。しかし、木戸はモゾっと動くだけで、やはり中から出てこない。

 痺れを切らした松井は、眉間に皺を寄せると


「いい加減出てきなさい!教頭先生!」


 と言って勢い良く布団を剥ぎ取った。

 強引に分厚い殻を取られた教頭は


「うるさいうるさいうるさーい!」


 と言うと、耳を塞ぎながら赤ちゃんの様に足をばたつかせた。


「きっ…」


 キモイ。

 ブワッと鳥肌が立ったゆめは、思わず一歩後退る。

 いつも柔和な笑みを崩さない“仏のような教頭先生”が、ひっくり返った虫のように手足をバタつかせて暴れている。

 ドン引きする周りを気にもとめず、木戸は憤慨しながら体を起こす。胡座をかき、顔を真っ赤にする木戸の目が松井を鋭く睨みつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る