【書籍化記念前日譚投稿】貧乏子爵令嬢『土まみれ姫』は伯爵家の庭で働いてるのに、わざわざ下男と恋をする

古東薄葉

【前日譚】貧乏子爵令嬢『土まみれ姫』こうして婚約破棄され貴族嫌いとなった……

第二回アイリス異世界ファンタジー大賞・審査員特別賞受賞してアンソロジーの一作として書籍化されました。新エピソードを加え、Web版では不足していた背景等を加えて文字数でなんと六五パーセント増となっております。


「脇役令嬢なのに溺愛包囲網に囚われています」

ノベルアンソロジー◆溺愛編 Ⅱ 一迅社

巻頭を飾っております。とういわけで記念の前日譚の投稿です。

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 わたしの名前はポピー。


 花好きの両親がつけてくれた、やはり花好きで庭仕事大好きのわたしにぴったりなステキな名前。


 春、夏、秋と季節の花が咲き誇った我が家の庭も冬が訪れつつある今は咲く花もなく、落ちる葉っぱはすでに落ちてしまってかなりさびしい。

 しかし、そういうときこそ華やかな春への準備が必要なのが庭仕事というもの。


 今日は数日前に買い付けた牛のフンと堆肥の山の前にしゃがんで混ぜ合わせる作業をせっせっとやっている。

 熟成後に庭の土に混ぜると栄養、保水など花や木に理想の土になるので我が家の庭の秘訣ともいえる。


 しかし、作業が作業なので風でニオイがご近所に流れないような庭の隅を選び、作業着の中でも一番汚いのを選んで着ている。

 スコップも使わず、手袋もしないで素手でこねるのが私の流儀。


 きれいな花を咲かせてね。


 お願いしつつ細かく牛のフンと堆肥を手で混ぜ合わせていく。

 細かく混ぜるにはやはり、素手が一番。

 春にはきれいな花になるかと思うと、ムニュムニュと伝わるフンをこねる感触も心地よく感じてしまう。


「ポピー! キミはいったいなにをやってるんだ⁉」


 背後から若い男性の驚く声が聞こえて振り返る。


 わたしの婚約者のエドガー様が立っていた。


 なんでこんなところに……?

 作業の場所は庭のはずれ。家族や使用人以外が入ってくる場所じゃないのに。


「牛のクソをさわって、ニヤニヤするとは薄気味悪いにもほどがある!」


 突然の来訪に驚き、立ち上がることもできないわたしに怒声が浴びせられた。

 彼の隣に立つ女性に気がついた。

 わたしのとまどう姿を見て意地悪そうに笑っている。


 嫌みのグレース……。


「ご覧になりましたか、エドガー様。これが、『花を愛でる清楚な子爵令嬢』の実態でしてよ。『土まみれ姫』のあだなはダテではありませんわ」


 いとこの伯爵令嬢。身分差をひけらかし、いつもわたしをバカにする。

 彼女がわざわざエドガー様を連れてきたんだ。


 彼は伯爵家の令息で父の上司の紹介で知り合ったのだが、秋の花が咲き誇る我が家の庭にお招きしたとき、私のことを『花を愛でる清楚な子爵令嬢』と感じて婚約へと進んでいった。

 『庭仕事を愛する地味な子爵令嬢』の私としては当たらずとも遠からずと考え、両親もたいそう喜んでくれたので無理に否定もせずに今にいたったのだが……。


「まったくだ。グレース、キミの言ったとおりだったな」


 そうか、グレースがわざわざ連れてきたんだ。

 伯爵家と私の婚姻をぶちこわすために。

 あわてて立ち上がって、エドガー様に近寄る。


「これは庭の肥料で、きれいな花を咲かすのにとても効果が……」

「寄るな! そのクソまみれの手を近づけるな、汚らしい!」


 わたしは腕を押されて体勢を崩し、牛のフンの上にベシャッとしりもちをついた。


「ポピー・クライトン子爵令嬢、キミとの婚約は破棄させてもらう!」

 

 えっ……⁉


「牛のクソを嬉々としてさわるような女を嫁にするなどありえんわ!」


 そう言って私に背を向けて歩き去る。

 牛のフンの上に座ったままの私をグレースが見下ろしてさげすむような口調で言う。


「あーら、残念でしたこと。これを機に『クソまみれ姫』にあだなも変えなさいよ。そうすれば、かんちがいする殿方もいなくなるでしょう」


 そう言いながら、オーホッホッホッと笑ってエドガー様の後に続いて去っていった。


 二人の後ろ姿を見送る私の心に怒りがわいてきた。


 あんな男、こっちから願い下げだわ!

 きれいな花が庭から勝手に生えてくるとでも思ってるの!

 ちゃんと陰で大事に世話するからきれいに咲くのよ。


 体裁と見栄ばっかり気にして、貴族の男なんて大っ嫌い!


 立ち上がって、おしりに着いた牛のフンを手で払い、もう一度しゃがんでフンをこね始める。


 あーあ、見栄えとか身分とか関係なしで、人として愛し愛される、そんな恋がしてみたいなあ……。

 いつか、わたしにも春が来るのかなあ……。


 タメ息が出たが気を取り直す。


 春にはきれいな花を咲かせてね。


 春の庭の美しい風景を思いつつ、黙々と牛のフンを手でこね続けた。


 今年の春、そんな出会いが待っているとも知らずに……。

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