第20話:冒険者達(エマ視点)

神歴五六九年睦月十日:ゴート皇国との国境近く・エマ視点


「では私の事もエマとお呼びください。

 エマ嬢と呼ばれるのは他人行儀で嫌です」


 ジーク様と愛称で呼び合えるようになりました。

 私の場合はほとんど変わりませんが、嬢という敬称が取れただけで、ずっと近しい関係に成れた気がします。


 実は昔から、家臣や使用人がプライベートな場で愛称で呼び合うのを、とても羨ましく思っていたのです。


 私もそんな関係になりたいと心から思っていたのです。

 ですが、公爵令嬢の立場では、家臣や使用人とそんな関係には成れません。


 成れるとしたら、同じ貴族令嬢、それも、公爵家の令嬢に限られてしまうのです。

 でも、籠の鳥、大切に護られ育てられた私は、王妃教育のほとんども公爵家の屋敷内で行われてきました。


 私が屋敷の外に出たのは、王妃教育の最終段階にどうしても必要だと言われ、しかたなく大神殿に行った時だけです。


 ああ、何度かジョルジャ達に護られて王城に行ったことはあります。

 他の貴族達と会う社交ではなく、王妃教育がどれほど進んでいるかを、老王陛下に直接確認していただく時だけ……


「エマ、王都からの追撃はもうないと思うが、そろそろ国境の部隊が邪魔をしてくる頃合いだと思うので、俺は先頭に行く。

 エマはこのままジョルジャ達と一緒に王子達を見張っていてくれ」


 ジークの言葉づかいが砕けています。

 初めてお友達ができたのです。

 そんなお友達と離れるのは嫌です。


 それに、ジークが私の安全に配慮してくれている事くらい分かります。

 王子達を見張るという立派な役目を与えるように見せかけて、私を危険から遠ざけてくれようとしています。


「嫌です、私も先頭に行きます。

 ジークが私を大切にしてくれるのはうれしいです。

 ですがそれは、友達ではなく守られるだけの令嬢です。

 友達は助け合うものだとジョルジャ達に教わりました」


 私がそう言ってジークに詰め寄ると、困った子だと言う態度を取ります。

 これまでは感情を表に出さず、令嬢に剣を捧げた騎士以上の態度を取らなかったのに、凄く距離が近くなった気がしてうれしいです。


「ジョルジャ、どう思う?」


「……お嬢様が我儘を言われる事は滅多にありません。

 私が覚えているのは、どうしてもアンジェリカ様を助けると申された時だけです」


「俺は、お前達を助けると言い張った時のエマを我儘だと思ったぞ」


「……私達ごときの為に、英雄騎士様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません」


「二人とも悪口を言うのは止めてください!

 それにこれは身勝手ではありません。

 ジョルジャ達が教えてくれた、貴族としても誇りと義務です。

 明らかに過保護の為に与えられた役目など、受けられるはずがありません」


「こういう時に賢い令嬢は困るな」


「申し訳ございません、黙って思い遣りを飲み込み、恥を受け入れるだけの度量を持たれた令嬢にお育てする事ができませんでした」


「もう、度量が小さくて悪かったわね。

 二人が何と言っても先頭について行きます。

 私が居れば、ジークは治癒魔術を使わなくてすみます。

 治癒魔術を使わなくて済む分、ジークは攻撃に専念できるでしょう?」


「分かりました、ですができるだけ遠くからお願いします。

 エマを護らなければいけないと思うと、戦いに集中できません」


「もう、また堅苦しい話し方をする。

 もっと砕けた感じで話してください」


「申し訳ありません、英雄騎士様。

 お嬢様はお生まれになられてから、ただの一人も対等な友達ができた事がないので、初めて対等のお友達ができて、少々浮かれておられるのです。

 ここは普通の友達のように接してあげてください」


 ジョルジャの態度がおかしいです。

 私が他人と仲良くする事には、極端に警戒していたのに。


 家臣領民に対する慈愛の精神は厳しく躾けられましたが、同時に身分差による立場の違いも厳しく教えられました。


 慈愛は与えても馴れ馴れしくなってはいけない。

 遜り過ぎて不敬を犯させるような事は避けてください。

 そう厳しく教えられてきました。


 何より令嬢が必要以上に男性に近づいてはいけない。

 不貞を疑われるような事は断じて避けなければいけない。

 そう厳しく言ってきたジョルジャなのに、ジークには何も言いません。


 身分的には問題ないのでしょう。

 英雄騎士と言う称号は、一代という厳しい制限はあるそうですが、上級貴族待遇だと言っていました。


 ですが、男性ですから、もっと露骨に邪魔すると思っていました。

 屋敷の中でも、ジョルジャの男性家臣使用人に対する言動は厳しかったです。

 まして今は疑われやすい野外での生活です。


「では御言葉に甘えて、エマ、俺は最前列に行くが、最低でも百メートルは離れろ。

 そうでないと心配で戦いに集中できず、隙ができて不覚を取りそうだ」


「ジークが不覚を取るとはとても思えません。

 私だってジョルジャ達から武術と魔術の鍛錬を受けています。

 少々の攻撃魔術くらいは避けられます。

 百メートルは離れ過ぎで、治癒魔術も支援魔術も届きません。

 ジークから三十メートル以上は離れません」


「ジョルジャ、エマは実質初めての実戦になるのだろう?」


「はい、弱い魔物を斃して頂いた事はありますが、矢や魔術の降り注ぐ戦場に立たれた事はありません」


「ジョルジャなら嫌というほど知っているだろうが、戦場の熱気と狂気に当てられて、距離感を失うどころか、狂気に囚われて死地に入り込んでしまう奴が結構いる。

 もしエマがフラフラと前に出るようなら、気絶させてでも戦場から連れ出せ」


「承りました、最悪の場合は気絶させて後方に下がらせます」


「もう、少しは信用してください!」


 そんな楽しい言い合いをしながら大行列の先頭に向かいました。

 もちろん今回は自分の足で移動したのではありません。


 ジークに抱きかかえられて移動したわけでもありません。

 ニコーレが魅了してくれた軍馬に跨って移動しました。


 本当は轡を並べて戦いたかったのですが、ジークにもジョルジャも叱られ、三十メートル後方で控えている事になりました。

 それも、間に冒険者達が盾のように並んでくれています。


「お嬢様、英雄騎士様の戦いぶりをよく見ておいてください。

 お嬢様が覚え実戦で使うべき武術や魔術は、英雄騎士様がこれから使われる武術や魔術にかなり近いです。

 英雄騎士様の実戦に即した戦い方を真似るのです」


 何故ジョルジャは私の適性がジークと同じだと分かるのでしょう?

 ジョルジャほどの歴戦の戦士だと、少し戦い方を見ただけで分かるのでしょうか?


「私にあれほどの技を真似る事ができるのでしょうか?」


「大丈夫でございます。

 基礎の部分、形は十分学ばれています。

 今出来ていないのは、実際に人を殺す事と臨機応変の対応です。

 辺境伯領に辿り着かれたら、北竜山脈と南竜森林で魔獣相手に実戦訓練をして頂きます。

 そのためにも、どれくらいの強さの敵が、どの方向に位置取りをしたら、どれくらいの力と技で先制攻撃をするのか見て覚えてください」


「嫌です、見て覚えるのはかまいませんが、鍛錬よりもお母様の救助が先です」


「お嬢様、アンジェリカ様の救助は辺境伯閣下にお任せください」


「絶対に嫌です。

 一旦辺境伯領に行くのも嫌だったのですよ。

 それを、私達だけでは助けるどころか探し出す事もできないとジョルジャ達に言われたから、泣く泣く諦めたのです。

 どうしてもだめだと言うのなら、ジョルジャ達を倒してでもお母様を助けに行きます!」


「お嬢様!

 英雄騎士様に、足手纏いが居ては戦えない、と言われたばかりではありませんか!

 お嬢様がいる事で、アンジェリカ様の捜索と救助の邪魔になるのですよ!」


「……辺境伯領に辿り着く前に、邪魔にならないようにします。

 敵が襲ってくるのを利用して、実戦訓練します。

 実力をつけてお爺様に頼みます」


「仕方ありませんね、お嬢様の気持ちも分かりますから、実戦訓練に付き合わせていただきます。

 ですが、この短期間で強くなるのは難しいですよ。

 それに、実力が伴わなければ、幽閉してでも辺境伯領に留まっていただきます」


 私達の会話が聞こえていたのか、ジークの戦い方が変わりました。

 即座に捕らえて人質にするのではなく、逃がさないようにしてくれました。

 私の為に襲撃者達を泳がせてくれたのです。


 今回襲い掛かってきたのは、王侯貴族の騎士や徒士ではありません。

 装備も武器もバラバラな冒険者達です。


 ですが装備の整わない冒険者達の方が強いようです。

 個人の動きだけでなく、連携した動きも格段に素早いです。


 そんな冒険者達に、遠距離から攻撃魔術を放ちます。

 捕獲に役立つ罠や麻痺の魔術も駆使して冒険者達を捕らえました。

 

「お嬢様、常に最高レベルの魔術を放つのではなく、相手の実力を見抜いて、適切な魔術の一段上を放つようにしてください」


「魔力を温存しろという事ですか?」


「はい、敵に援軍が現れた場合、対峙している敵が一段上手で実力を隠している場合は、即座に逃がられるだけの魔力が必要になります。

 相手の実力を見抜く力が一番大切です」


「分かりました、やってみます」

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