第7話:連絡(ジークフリート視点)

神歴五六九年睦月六日:ロイセン王国アバコーン王国大使館・ジークフリート視点


「英雄騎士様、教団に乗り込みたいのですが、賛同していただけますか?」


 俺を試したい訳でも信用できない訳でもないのだろう。

 ただただ母親を助けたいだけなのは分かっている

 俺だって同じ気持ちなのだから。


「グダニスク公爵夫人が教団に居るとは限りません。

 エマ嬢が教団に乗り込んで人質になるようなことがあれば、夫人が何処かに潜んでおられた場合に困ります」


「英雄騎士様が同行してくだされば、大丈夫なのではありませんか?」


「少々の敵が相手なら、エマ嬢を護りきる自信はあります。

 しかし、相手が魔法使いだった場合は、思わぬ不覚を取るかもしれません。

 夫人とエマ嬢の安全を確保したうえで、教団に圧力を加える策を取るべきです」


「そのような、こちらに都合の良い策がありますか?」


「エマ嬢に覚悟があるなら有ります」


「お母様を助けられるのなら何でもします。

 教えてください、英雄騎士様」


「何でもない事です。

 ウラッハ辺境伯に事情を伝えるだけです」


「お爺様に連絡を取る?

 そのような事でお母様を助けられるのですか?」


「アバコーン王国とゴート皇国の間に戦争が起きた場合、最も気をつけなければいけない相手がウラッハ辺境伯です。

 ですから辺境伯の性格はできる限り調べました。

 辺境伯はエマ嬢とグダニスク公爵夫人を溺愛されています。

 皇室に圧力をかけてでも、皇国内の教団を滅ぼしにかかります。

 そうなれば、ロイセン王国内の教団はもちろん、大陸中の教団が動揺します。

 教皇自身が夫人襲撃を命じたのであっても、何らかの反応があります。

 エマ嬢が教団に乗り込むのは、教団の反応を見てからです」


「ジョルジャ、どう思いますか?」


 エマ嬢は自分だけで判断するのは危険だと思ったようだ。

 自分では、母を思うあまり冷静な判断が下せないと考えたのだろう。

 

「悪い策ではないと思います」


「お爺様は魔獣の氾濫で困っておられると聞きました。

 それでも適切に教団に圧力をかけられるでしょうか?」


「ウラッハ辺境伯閣下ならやられるはずです。

 閣下は皇室の第三皇子の教育係を務めておられました。

 辺境伯夫人は第三皇子の乳母を務めておられました。

 それほど皇室の信頼が厚かったのです。

 そもそもアンジェリカ様がグダニスク公爵家に嫁がれたのも、ロイセン王国内に大使館以外のゴート皇国橋頭堡を築くためでした。

 こういう時に救いの手を差し伸べないようでは、皇室の国内貴族への求心力がなくなってしまいますから、まず間違いなく皇室自身が教団に圧力をかけます」


 ジョルジャが的確な助言を入れる。

 エマ嬢は安堵したようだ。


 心から乳母を信用しているのだろう。

 俺も乳母を心から信じているから、その気持ちはよく分かる。


「時間がかかるのではありませんか?

 時間がかかってしまったら、間に合わないかもしれません」


「お嬢様、それはお嬢様が直接乗り込まれても同じでございます。

 アンジェリカ様が何処かに囚われているとしても、その場所が明らかでない限りは、徐々に追い込んでいくしかありません」


「でも、捕らえられているとすれば、この国が一番可能性が高いわ。

 この国の教団に乗り込む事が一番の早道ではないの?」


「急ぐあまり、お嬢様が捕らわれてしまっては何にもならない。

 英雄騎士様も申されたではありませんか。

 この国の教団拠点を調べるにしても、お嬢様が安全な場所にいる事が大前提でございますよ」


「私自身の手でお母様をお助けしたいのですが、許されないのですね」


「お嬢様、逆の立場だったらどうなされますか?

 安全な方法が有るのに、アンジェリカ様がご自身を危険に晒すような方法でお嬢様を救う事を望まれますか?」


「そのような事は絶対に望みません!

 お母様の安全が何より一番大切です!」


「アンジェリカ様も同じように思われておられますよ。

 愛する娘に危険な真似をして欲しいと思う母親など一人もいません。

 お嬢様は安全な場所でドンと構えていてください。

 その間に英雄騎士様がアンジェリカ様を探し出してくださいます」


 その信頼はどこからきている?

 何の気配も感じさせないが、俺の正体に気がついているのか?


 こんな事なら無理矢理にでもニコーレに偽名を使わせておくのだった!

 絶対ニコーレの名前から気がついたんだ!


 だが他の誰にも俺の正体を知らせないのなら、気がつかれた方が好都合だ。

 エマ嬢が不安になって何を言ったとしても、俺の策を後押ししてくれる。

 エマ嬢が暴走しないように抑えてくれるだろう。


「ジョルジャがそう言うのなら、ここで待つしかないのですね。

 ただお母様の安全を願って待つだけというのは、とても辛いですね」


 エマ嬢は良く言えば行動的、悪く言えばじゃじゃ馬なのか?

 まあ、あの乳母とウラッハ辺境伯の孫なのだ。

 乳姉さんが慈母神のような方でも、行動的な性格が隔世遺伝したのだろう。


「そこをぐっと我慢して、信じて待つのです。

 そこが辺境伯閣下を超えるアンジェリカ様の長所でございます」


「ジョルジャに、苦しい時に辛抱できるのがお母様の長所だと言われてしまったら、私も我慢するしかありませんね。

 分かりました、じっと我慢しましょう。

 しかし、本当に皇国に任せて待つ以外の手はないのですか?」


 ようやく俺の出番が回ってきたな。

 ジョルジャは何の気配も感じさせる事なく黙っているが、俺が動く事を分かっているのだろうな。


「エマ嬢が安全な場所でじっとしていてくださるのなら、俺がこの国の教団に揺さ振りをかけます。

 英雄騎士様の名前があるので、直接正面から教団に乗り込むことはできませんが、潜入が得意なパーティーメンバーを送り込んで調べさせましょう。

 教団周りの事も、情報収集が得意な者に調べさせましょう」


「お嬢様、英雄騎士様が請け負ってくださったのですから、大丈夫です。

 この国の事は全て英雄騎士様にお任せして、お嬢様は皇国に関する事に専念されてください。

 皇国の事、それもウラッハ辺境伯家の事まで、英雄騎士様に頼るわけにはいきませんよ、お嬢様」


「そうですね、お母様がおられない以上、お爺様を本気で動かせるのは、初孫である私だけです!」


「その通りでございます、お嬢様」


 エマ嬢もジョルジャも本当は分かっているのだろう。

 既に、ゴート皇国大使館から本国に使者が送られているだろう事を。

 ウラッハ辺境伯家へも間違いなく使者が送られている事を。


 あれほど子煩悩で慎重なウラッハ辺境伯が、最悪の状況を想定して策を講じていない訳がないのだ。


 グダニスク公爵家に送り込める人数には限りがあるから、当然大使館にも送り込めるだけの家臣を送り込んでいる。


 それだけでなく、冒険者や商人に、或いは乞食にまで偽装させた家臣をロイセン王国内に送り込んでいたはずだ。


 あの辺境伯が、魔獣の氾濫程度で、大切な娘のために送り込んだ護衛や密偵を引き揚げさせる訳がないのだ。


「では、俺はパーティーメンバーに指示を出してきます」


「私は家臣に持たせる親書を書きます」


 俺の言葉を聞いたエマ嬢が答えた。

 確かに伝言だけでは信頼に欠ける。

 蝋封された直筆の親書が一番信用できる。


 親書が届けば辺境伯の怒りと闘争心に火がつくのは目に見えている。

 いや、もう既に密偵からの報告を受けて激怒しているだろう。

 少しでも魔獣氾濫に目途がついたら先頭に立って攻め込んで来るに違いない。


 ……俺からも親書を送って自重させた方が良いな。

 彼の事だから、自分の危険を顧みることなく猪突猛進するかもしれない。

 俺がここで助力していると知れば、多少は大人しくなってくれるかもしれない。


 いや、逆にもっと危険を顧みなくなる可能性がある。

 ここは乳兄のフェデリコに親書を送ろう。


 喧嘩っ早い家族を常に諫めているフェデリコなら、最善の言葉と態度で辺境伯と乳母を諫め、最低限の準備が整うまでは出陣させないでくれるだろう。

 フェデリコが辺境伯家の後継者で本当に良かった。


「ヴァレリオ、マリア、教団を追い詰めるぞ。

 手段を選ばず徹底的に潰しにかけろ!」

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